O西さんがF社を退職されたのは10年ほど前でしょうか、ソフトウェアを開発していた頃の仲間との宴会は久しぶりだったと思います
一気に30年以上も昔にタイムスリップ・・・EPCB、DPCB、PEBやらと、開発したソフトウェア制御表の名称が飛び交ったりしていました 
それにしても皆さん、
を握るとびっくりです・・・仕事ばかりじゃなく、夜遊びの方もしっかりやっていたようですね 
今も仕事を手伝っていただいている○川さん、当時はAIM-DCのNucleusの開発を担当していただきました。
MCOP-RHの開発でも一緒に仕事させていただきました。
彼のような優秀なソフトウェア技術者、哲は他に出会ったことはありません。会社では今も、私の隣の席でProgramを書いています 
還暦過ぎても、バリバリの現役ソフトウェア技術者です。そして、氷雨を歌う彼です 
○川さんの下で、AIM-DCのNucleus開発をやっていた○尾さん、「バーロー!」という言葉を思い出します 
仮想メモリ方式の登場下、Systemが使用するメモリバッファ管理機能を一手に引き受けてくれたのが印象に残ります。ページアウトされないように、定期的にメモリを舐める論理を組み込んだことを懐かしく思い出し、皆で大笑いしました。
松ちゃん、何曲も歌ってましたが何を歌ってましたっけ 
空手部の細○さん、AIM-DCのどの辺りを担当だったか・・・
お昼休みになると、事務所の周りを裸足で走っていたのが印象的です。やはり、空手部の松井さんの場合、午後になると居眠りばかりしていたのですが、彼は違いましたね 
AIM開発部隊が沼津工場へ移転後、割と早めにF社を退職されていたのを、今回の同窓会で初めてしりました。この日、集まったメンバーの中では、最若手でした 
小○せいちゃんです。道産子哲にはしょっちゅう登場です。
2006年のCOP会から登場、もちろん先日のCOP会にも参加。彼とは長い長~いお付き合いが続いています。
翌日がGolf
だったとか、遅刻せずに参加できたのでしょうかね 
物作り部隊の縮小が続いているF社さん、最近ハードディスク事業の売却を決定したようですね。哲なんぞ、物作りの現場が自分を育ててくれたと思っているのですが、物作りの現場が減っていく中、肝心の人材育成は大丈夫なのか、気になります 
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