October 21, 2009
September 24, 2008
September 23, 2008
September 18, 2008
September 17, 2008
July 05, 2008
合宿が終わった翌日朝、チョッとばかり足を伸ばし、小樽まで出かけた。札幌駅から小樽駅まで、快速電車で35分。東京都内を電車や地下鉄で移動するようなものだ 
小樽へ向かう途中の朝里駅を撮ってみた。潮の香りがする・・・
夏になると、この近所の海、今でも海水浴場として賑わっているに違いない。
だが、この時期の朝里海岸、海はどんよりとしていて冷たそうだった。
北海道の夏は短い。哲の学生時代、海に入れたのも、7月の二十日過ぎから8月のお盆前までと短かかった。
子供の頃を過ごしたオホーツクの海、もっと短かかった
7月末から8月にかけ、一週間あるかどうかだった。しかも、焚き火しながらの海水浴、それほど冷たい海だった 
小樽駅から三角市場を覗き、小樽運河へ歩く…お昼
は何にしようか・・・家内と昨日はお鮨を満喫したからお鮨は止めようなどと会話しながらも、結局は小樽花園町へと向かった。
途中、日本銀行旧小樽支店(今は「日本銀行旧小樽支店金融資料館」となっている)で記念写真
落ち着いた建物んがいい 
そして日銀旧小樽支店の向かい側にある、小樽市立美術館を覗いてみた。
哲の知らない世界、小樽が生んだ日本を代表する風景画家「中村善策の全貌展」をやっていた。
緑の印象が強く残る風景画、沢山展示されていた。
ついでに美術館の館長に挨拶でも・・・と、館長を訪ねてみた。残念ながらこの日は不在だった 
そして、花園町ガード下のお鮨屋さんを物色、栄六鮨さんで昼食だった。昨年訪れたお鮨屋さん、神寿司さんだった。
小樽でのお鮨、昼食だったのだがビールで止めることは出来なかった
活蛸の串焼きは絶品。それに道産子哲の生まれ故郷、増毛町産の国稀純米酒、一合で治まるわけにはいかなかった 
小樽のお鮨までも楽しんだ今回の
合宿、こうしてフィナーレを迎えたようだ 
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July 03, 2008
朝食
、前日仕入れたパン、出し忘れた八角・・・「八角」、北海道では有名な魚、お刺身塩焼き、酒
の肴に最高です。
それが朝からカルパッチョで登場、朝食はパンというのにホッケの開きまで食卓に並んでます 
これが北海道の食卓かもしれません。美味しかったです、哲は大歓迎というか昔を思い出した気分、最終日はいい結果が出そうです 
ゴルフ場へ向かう途中、別荘近所の社台ファームへ寄り道。トーカイテイオウ、ディープインパクトの放牧姿を見学しました。
ディープ・インパクト・・・ビック・インパクトやないかなんてJokeを飛ばす哲でしたσ(^◇^;)。。。
驚いたのですが、一周どの位か判りませんが、全天候型のトラック(屋根付きというか、円形廊下)があるのにはビックリです。JRA業界は好景気のようですね 
こちらは「トーカイ・テイオウ」物静かなお馬さんという印象でした。
中央競馬で活躍したお馬さん、子孫繁栄のお仕事で忙しいようです。
それにしても雄大な牧場、憧れる若人も多いように思いますが、ぶんちゃんの里を覗くと生き物を相手にする生業は大変そうです 
合宿最終日、ラウンド後は回るお寿司で打ち上げでした。北海道、回転寿司がいいですね
思う存分楽しめます。
活ホタテ、活ヤリイカ、活蛸・・・イキ~と読むものと思っていましたが、カツ蛸、カツ帆立・・・そういうそうです 
昨年の9月も楽しいゴルフ合宿でしたが、今年も楽しいゴルフ合宿でした。
一年に一度は寂しい、今年はもうないの?そんな声が聞こえた今回の合宿でした 
<追伸>
合宿の成績ですか~? 
①ニドム・クラッシックの初日が55、48で103
②ANA DIAMONDでの二日目は53、43の96…大波賞
③最終日、シャムロックでは41、43の84と尻上り
に良くなる結果でした 
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July 02, 2008
合宿二日目、夜のParty、仕入れた北海の幸を中心に盛り上がりました 
先ずはビールで乾杯!「小菅さん!ナイス・Eagle
」。哲は一緒の組ではなかったので、残念ながらその瞬間を目撃できませんでした
あやかりたいものです 
主婦が4人もいるので、Partyの準備の早いこと・・・ビールの次は、ワインに日本酒、焼酎まで、ヤバイです記憶を落とさない程度にしなければ σ(^◇^;)。。。
生うに、生ホタテ、あま海老・・・あら~っ!八角が出てないわ、ホッケの開きも・・・
トマトさらだ、グリーンアスパラ、レタス、キュウリスティック・・・野菜もふんだんに (^-^)v
烏賊の唐揚、海老の唐揚げ、鯖のお寿司、サーモンのお寿司、蟹のお寿司・・・豪華なPartyでした 
もちろん、反省会もわすれません。
「Golfはもっと頭を使うべきよ~・・・」
「釘を打つ、壁に釘を打つ要領で~器用な手の動きを殺し、アドレスしたところに下ろすだけよ~・・・」
「クラブは腕じゃなく、腰で振る~・・・」 
反省会、厚真町の楽しい夜が更けていきました 



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June 30, 2008
June 28, 2008
June 27, 2008
June 23, 2008
先週土曜日、ゴルフ
合宿を終えて、無事に松戸に戻りました。
初日の北海道、北キツネがお出迎えでした 
"NIDOM CLASSIC COURSE"の北キツネ、餌付けされているのでしょう、人間慣れしている様子でした。
北キツネは、エヒノコックス病という寄生虫病の媒介動物と云われてるので、近づいて餌をやったりするのは危ないです。
昨年の9月と同様、Golf
と宴会 
を満喫してきました
追って、報告したいと思っています。
現在は引退のサラブレッド馬、トーカイテイオウとディープインパクトも見てきました。
ディープインパクトはインパクトある写真を撮ってきました
別途、紹介しますので、ご期待下さい 
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December 06, 2007
丁度、北一硝子花園店の裏通り辺りになるのでしょうか(^O^)v、花園銀座街というのがあってその手前に居酒屋さんやお寿司屋が沢山並んでいました\o(^o^)o/ "銀座"どこの街にもありますね(^-^)v
こじんまりしたお店が好きな哲、2度ほど同じ道を行ったり来たり…(´・ω・`)正直、迷いました。「お父さん!鼻を効かせてね!」というプレッシャーもありました・・・σ(^◇^;)。。。
よし!ここにしようと決めて入ったお店が「神(じん)寿司」さんというお店でした(^-^)v 6人がやっと座れるカウンターと、テーブルが2~3個の上がり座敷。希望にピッタリなのは良かったが、6時半を過ぎているのにお客はゼロ、主人はいなくて女将さんが一人。
いい感じと思った一方で、少しばかり気持ちがひいてしまいました…σ(^◇^;)。。。
でも、まったく心配無用でした。直ぐに主人が登場、外は雪でもやっぱりビールを注文。ビールは1本で切り上げ、熱燗に。雪の降る小樽の街を歩いた後は、熱燗に限ります(^-^)v
おつまみ用にお刺身盛・・・鰤カマの塩焼きをオーダー~言うことなしでした。おつまみにあった蝦蛄が格別美味かったので、お寿司でも握ってもらいましたが最高でした\o(^o^)o/小樽のお寿司屋さん、美味しくて値段もリーズナブル。わざわざ札幌から小樽まで、お寿司を食べに行くという話しがありましたが、多分今でもそうだと思いました。
<市議会議員さんと>
我々が顔を出して30分も経った頃、やっと他のお客さんが現れました。二人連れ、常連さんのようでした。一人は市議会議員さんとか・・・\(◎o◎)/
議員さんと聞いて、北海道の道路と千歳空港の話をぶつけてしまいましたσ(^◇^;)。。。お酒が美味しかったもので、つい(^-^)v
千歳空港へのアクセス、北海道の方が利用する視線ではなく、北海道を訪れる人の視線でチェックしたことありますか?一瞬、ポカ~ンという表情をしてました。初めて言われたようですね。北海道は観光資源が豊富と思っている哲、観光客の視線で施設をチェックして欲しいと訴えた次第(`・ω・´)
北海道を応援する哲だからこそ口にしてみたのですが・・・自立することを必死で考えて欲しいものです(´・ω・`)
次は、国交省の大臣が言ってるように、北海道には北の果てまで本当に高速道路が必要と言ってるのですか?と、哲はたたみ掛けていました。北海道で新たな道路を作ると、更に除雪費用が増加じゃないですか、我々の子供たちに負の遺産を残しているのでは~?と・・・
どうも違います。地方の方の話、哲には「仕事が欲しい」と言ってるようにしか聞こえません。決して道路が欲しいと言ってるようには聞こえませんでした(`・ω・´) それが中央に来ると、道路が必要という言葉に変わっているようです(∋_∈)
高速道路を造るとき、シェルターを一緒に造り除雪費用が掛からないようにしようという話もあるが、そうすると除雪業者が困ってしまう、難しいんだよね・・・という話までされていました。何ていう発想なんでしょう?がっかりというか、将来の北海道の生き方は?そんな発想はないようです(∋_∈) 寂しいものですね。
道路も所詮、箱物…箱物を作りを企画すれば、目の前に仕事ができる。とりあえず地方の政治家さんは評価されるのでしょうか?もっと将来を見据えて活動して欲しいものですね(´・ω・`)
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December 05, 2007
二日目は2時にはGolfを終えたので、昼食にラーメンを食べた後Hotelに戻り、電車で小樽に向かった(^-^)v 札幌駅から小樽駅まではおよそ30分、松戸から東京上野へ出るようなもの。
北一硝子のグラスが欲しかったので、札幌で購入可能か電話をしてみたが、小樽のお店でしか買うことができないといわれた。小樽でしか駄目といわれると、余計に直ぐにでも欲しくなるものだσ(^◇^;)。。。
小樽駅で"小樽硝子街道浪漫紀行"というパンフを入手、駅前から小樽運河を目指して歩いた。小樽の街は坂道が多い(∋_∈) だが今回は、北海道で購入した冬用の靴で出かけていたので大正解\o(^o^)o/
硝子街道には結構沢山の硝子製品/お土産を扱っているお店があった。だが、気に入ったグラスが見つからず、結局は北一硝子3号館まで歩いてしまった。これなら、駅からタクシーを利用すべきと思ったが後の祭り。閉店の時間が迫っていた(∋_∈)
やっとのことで、いいグラスが見つかった~o(^o^)o ♪子×1、午×1、戌×2、辰×1、未×1、計6ケ欲しいのですが・・・ところが、子の干支模様の入ったグラスの在庫が無いという。揃ってから自宅へ配送~「スミマセン、この後製造の予定が決まっていなくて・・・」 (∋_∈)
北一硝子花園店にもありませんと言われたが、そこは7時までお店が開いているという。確か、飲み屋街もあった筈。
タクシーで北一硝子花園店に向かった。干支をあしらったグラスとは趣は違うが、ちょっとお洒落なグラスが見つかった。このグラスならビールが旨く飲める(^-^)v
目的の買物が終了!お店の方に、居酒屋さんやおすし屋さんの場所を聞いてみた。昔の記憶通り~o(^o^)o ♪花園店の近所は飲み屋街\(◎o◎)/お店の方には寿司屋通りに行くことを勧められたのだが・・・そこは鼻を効かせて、手前の横丁を右に・・・期待の街並みが見つかりました(^-^)v
楽しかった小樽の夜、続きは次回の記事で報告です~o(^o^)o ♪
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December 02, 2007
二日目の北海道、我々を迎えてくれたGolf場、朝の景色ですσ(^◇^;)。。。
11月28日(水)、6時半起床。札幌の街は晴れ。寒そうだが、苫小牧方面では快適なGolfが楽しめそうだった。
この日はホテルのレストランでゆっくりと朝食を摂った。札幌への旅では初めてのことかもしれない(^_^;) そう、いつもの札幌では朝の6時とか6時半にはHotelを出発。Hotelのレストランはオープン前、朝食はコンビニおにぎりをほおばってから、Golfコースに向かうのが常だった(^O^)v
朝、7時半過ぎにHotelを出発。札幌の街中、北郷IC付近が僅かに雪化粧しているだけだった。苫小牧東ICまでは乾いた道、順調なドライブ。車の右手に見える、真っ白な樽前山が美しかった(^O^)v
ところが、苫小牧西ICに近づくと路面がぬれていた(´・ω・`)それでも気にせず、ICまで1km?目に入ってきた景色が雪化粧ではないか。GolfコースはICのすぐ傍・・・ヤバイ!
ICを降り、Golf場に向かう道は真っ白だった。駄目だ!口からそんな言葉が出てしまった(>_<)
クラブハウス・フロントには「申し訳ありません、本日はクローズです」という言葉で迎えられてしまった (∋_∈)
昨日は全く問題なくプレイできたのですが・・・樽前山から少し、分け前を頂戴したようです(>_<) ということだったσ(^◇^;)。。。
記念写真を撮るため、キャディーマスター室へ通じるドアを開けてもらい、コースへ・・・氷の張った池は真っ白、フェアウェイ、ラフも雪で覆われ、いくら待っても融けるのを期待するのは無理な状態だった(≧Д≦)
何枚か撮ったところで、フロントの方が出てきた。「1枚、お撮りましょう!」という、コースの雪化粧をBackに逆光でのツーショットを撮っていただいた(*‘‐^)-☆
我々を雪化粧で迎えてくれたGolf場、そこは"北海道ゴルフ倶楽部"だった。
さて・・・どうしよう。そのまま引き返す我々ではある筈もない\o(^o^)o/
フロントにPlay可能なコースを当たってもらう一方、我々もオープンしているコースを携帯電話で探す・・・結局、前日Playした"ニドム・クラッシク・コース"に再挑戦だったσ(^◇^;)。。。
ラウンド終了後、レストランで昼食。海鮮ラーメンを食べた。美味かった。
♪~貴男かわりはないですか~♪…日ごと寒さがつのります~♪…クラブハウスのレストラン、弦楽四重奏による「北の宿」のメロディーがで流れていました~o(^o^)o ♪
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December 01, 2007
北海道、苫小牧市にあるゴルフ場、暖かい暖炉が我々を迎えてくれました (^O^)v ニドム・クラッシック・コースです。
クラブハウスのロビー中央、暖炉では本物の薪が炎を上げて燃えていました。オホーツク時代、哲ん家では8月でも薪ストーブが活躍、薪が燃え盛る懐かしい光景にシャッターを押していました(^O^)v
空港からコースへ向かう高速道路、さすがに気温2℃、路面温度4℃という表示は目に焼きついてしまいましたσ(^◇^;)。。。 関東とは寒さが違います。肌を刺すような冷たさ、道産子哲の身体、この冷たさを忘れていました。
ついこの前は、短パンスタイルでゴルフ。Bangkokとの気温差は30℃でしたから、なおさらね (∋_∈)
我々を迎えてくれたコースの景色。広葉樹はすっかり葉を落とし、冬装備完了でした。
グリーン上はもちろん、フェアウェイもラフも凍土状態。ダフルと"ゴツーン"と鈍い音がして、手が痺れました(∋_∈)
ずぼんのポケットにはホッカイロが2個、ショットが終わるとそれを握りしめますσ(^◇^;)。。。 ハイ、そこまでして、冬の北海道でゴルフをやってきました\(◎o◎)/
我々を迎えてくれたのは暖かい暖炉だけではありませんでした~o(^o^)o ♪
フェアウェイやラフ、おびただしい蝦夷鹿の糞には参りました(∋_∈) 歩くとき、スパイクで糞を踏まないように気を遣ったのはもちろんですが、オニューのアイアンで糞を打たないようにと苦労しましたσ(^◇^;)。。。
残念ながら写真に収めることが出来ませんでしたが、ラウンド中、北キツネが2回現れました。餌を与える方もいるらしく、人をみても逃げません。
それから、真っ黒な目をした野兎に出会いました (^O^)v 打球がOB方向に飛んだので、深い枯れ藪に入ったところ、その中でうずくまっていました。コースには雪が無いのに、既に真っ白な毛に生え変わっていました。
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September 23, 2007
合宿最終日、オークウッドGCだったことは報告済み。昨年も感じたことだが、最近、北海道のゴルフ場は韓国や台湾からのツアー客が結構訪れているようだ。この日も、漢字で書かれた歓迎プレートがコンペルームにあった。台湾からのゴルフツアーだったみたいだ。
最近、こんなニュースを知った。『この9月から、台湾の国際運転免許を取得していれば、その免許証で日本国内での運転が出来る』というものだ。
何でも、台湾からの観光客の利便性を提供するために、昨年夏「北海道の知事と経済界は当時の北側一雄・国土交通相に対し、台湾の国際運転免許を日本で早急に承認するよう改めて要請した」ことが理由らしい。
広大な北海道の観光を楽しむには、レンタカーでの移動がもっとも効率がよく、観光客の誘致に必要不可欠という。確かにその通り、道産子哲も納得である。北海度に帰るたび、千歳でレンタカーを借りている。
ところで、千歳空港のレンタカー事情、以前にもBlogの記事にしたことがある。千歳で、一度でもレンタカーを借りた経験がある方なら「ヘッ、北海道はレンタカーの観光客を歓迎していなのか~」と思ってしまうのだ。
東京からゴルフバックを担いで千歳空港に降りたち、レンタカーを借りるのはとにかく大変なのだ。到着ロビーから、2階に上がり、お土産屋さんが沢山並んでいる通路を抜け、1階に降り・・・エレベータを探すだけでも一苦労・・・
レンタカーを借りる手続きを終え、連絡バスに乗ろうとするドアのすぐ脇を車が走っている。子供でもいようものなら、目をつぶりたくなるというものだ。当然、レンタカーの利用が終わり、空港に戻り連絡バスから降りる時も同じなのだ。おおよそ、レンタカーを利用する観光客を歓迎しているとは全く思えない扱いなのだ。そんな訳で、レンタカーを借りるのに、哲は毎度、荷物は宅急便を利用している(∋_∈)
それが、北海道知事をはじめ、道経連のお偉方の方々は、海外からの北海道観光客のために、レンタカーを利用し易くするために、台湾で有効な自動車免許証の正本があれば、簡単に日本での運転を可能にしたというではないか。
北海道知事はもちろんだが、その取り巻きの方々、北海道経済連合会?の方々に言っておきたいものだ。
台湾の自動車運転免許証で日本国内での自動車運転を許可するのは結構だが、その前にあなた方、海外から千歳空港に到着したつもりで、大きなトランクを抱え千歳でレンタカーを借りてみて欲しいものだ。事故が発生してからでは遅いのだ (`・ω・´)
現場に出かけたこともなく、机の上で考えているだけの頭では何にも感じないかもしれないが・・・(´・ω・`)
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September 22, 2007
合宿最終日、場所はOAKWOOD(オークウッド) GOLF CLUB。7時45分に別荘を出発。コンビニに寄って、飲み物とオニギリを仕入れ、コースに向かいました。
この日も素晴らしい天気に恵まれました。我々が帰った翌日は、土砂降りの雨だったようですね。ANA OPENのTV中継を見て、ラッキーと思いました~o(^o^)o ♪
Golf の映像、奥様の華麗なTee Shotを一枚! ・・・σ(^◇^;)。。。
Golfを終え、お風呂に入って汗を流してさっぱりと(^-^)v サケの故郷館へ行きました。
いえ、その前に回転すし屋さん『北々亭・千歳店』に向かいました。佐藤家は家内と二人で14皿を食していました。ラウンド中、一人2個はオニギリを食べているのですが…空気がいいと、お腹が空くのです(^_^;)
北海道は回転鮨がお奨めです。新鮮なねた、安い価格、北海道ならではのお鮨が楽しめました(*‘‐^)-☆ただ、車だったので、ビールが飲めなかったのが残念でした(∋_∈)
鮭の捕獲場に橋が架かっていますが、その橋の上から千歳川を撮った写真です。
沢山の鮭が写っているのですが(上部の黒く写っている)、判りますか?我々が訪れた9月14日、メスが514匹、オスが800匹捕獲されたみたいです。昨年の捕獲数は183,824匹だったそうです。今年の捕獲量、昨年よりも減少気味のようです。
産卵場所を探して遡上して来た鮭、千歳川ではインディアン水車と言うそうですが、自動的に生簀に捕獲されます。
哲がオホーツクに住んでいる頃、同級生の家が鮭の孵化場だった。そこではインディアン水車は使われていなかった。遡上した鮭が、直接、生簀に入るように仕掛けが作られていた。
生簀に入った鮭は、網ですくわれて採卵時期が来るまで他の生簀に移されていた様子を思い出す。大きな生きた鮭を移すその作業、子供には迫力満点だった。
サケの故郷館、橋の上で記念写真撮影だった(^-^)v 千歳は航空自衛隊の基地がある。その日もスクランブル発信だろうか、低空でジェット戦闘機が飛んでいた(∋_∈)



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September 20, 2007
Golf合宿二日目の夜、屋外でのBBQ Partyでした。
先ずは、海の幸と野菜からスタート。生のじゃが芋は水に浸した新聞紙に包み、その上から更にクッキングホイルで包んで炭の中に・・・確か、40分位そのままほおっておいたような気がします。お箸(竹串でもいいと思います)をホイルの上から刺して、通ったらホクホクじゃが芋の完成です(^-^)v バターを付けて、ハイ!、美味しいじゃがバターでした。
帆立貝は途中でお醤油をさして、火が通れば完成!お刺身用の帆立貝ですから、言うまでもありませんd(^-^)最高です。
カボチャ、トウモロコシウは予め電子レンジで調理してました。トウモロコシも焼きながらお醤油を掛けましたが、お醤油の焼けた香ばしさ、表現に困るほどに仕上がりました。
烏賊のウロ、日本酒を混ぜたお醤油に少しだけ漬けたそうです。それをクッキングホイルで作った器の中で・・・焼いた烏賊を、ウロで和えていただいたところ、これまた最高でした(^-^)v
北海道でBBQというと、ヤッパリこれが本命です\o(^o^)o/
そう、ラム肉を使ったジンギスカン!お世話になった別荘がある、北海道厚真町のお肉屋さんから、味付けをしたお肉を仕入れてきましたが、これまた柔らかなお肉で最高でした(*‘‐^)-☆
モツ肉も仕入れてきましたが、多分、羊のモツだと思いますがこれも美味しいものでしたo(^o^)o
お肉料理には「やっぱり赤ワインですよね~」と、次から次へと高級ワインを出して来られる方が・・・σ(^◇^;)。。。 幸せそうですね(^-^)v お料理にワイン、厚真町の森の中、ワイルドな雰囲気でBBQを堪能でした。
初日と違い、道産子哲、記憶を落とすまいと、大変でしたσ(^◇^;)。。。 BBQ にビールとワイン、流石に日本酒は遠慮、二日目の宴会では、しっかりと記憶を落とさずに済みました(^_^;)
本当に今回は、別荘のご主人の奥様には大変お世話になりました ○| ̄|_
二日目の宴会の雰囲気、この写真一枚で伝えられると思います (*‘‐^)-☆ 肖像権がありますので、二日目の宴会の写真、この位にしておきましょう\o(^o^)o/
写真では紹介し切れていませんが、秋刀魚の塩焼き、氷下魚(コマイ、カンカイ)の一夜干し、本当に贅沢なBBQ Partyでした。空気の美味しい北海道、皆さんも是非どうぞ~o(^o^)o ♪宴会が終わった後は下の写真の通りでした。
哲の今年の夏休み、これで終わってしまいました。



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September 19, 2007
前日の記憶をどこかに置き忘れてしまった道産子哲でしたが、ホステス役+客人兼賄いの方、合わせて4人が準備した朝食は海老の頭で出汁を摂ったお味噌汁・・炊き立てご飯で作った鮭やたらこオニギリ!何と贅沢な、美味しくてたまりませんでした。
知ってますか、温暖化現象?かどうか判りませんが、最近の平均気温の上昇に伴い、北海道産のお米が大変美味しくなっているそうです。今までの米どころは、気温の上昇で危機を迎えているかも知れませんよ\(◎o◎)/この話はおいておいて・・・
写してる方一人を欠いていますが、記念写真を紹介しておきましょう。東京方面、愚図ついた天気でしたが千歳近辺は青空が広がっていました~o(^o^)o ♪
二日目はアーレックスGCでのPlayでした。フェアウェイは野芝のようで、距離もたっぷり(∋_∈)この日は皆さん、Golfが難しかったようです。前日のお酒のせいではありませんσ(^◇^;)。。。
皆さん、前日夜は遅くまで活躍だったのですが何のその (^-^)v 華麗なショットを披露していました~o(^o^)o ♪
快晴の天気の下、楽しい二日目がスタートです(^-^)v






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September 17, 2007
毛蟹、帆立貝、ウニ、いくら醤油漬、秋刀魚、ボタン海老・・・全部写真に収めたつもりですが、遠慮したのでしょうか?
全部を撮りきっていませんね(´・ω・`)
千歳の別荘にお呼ばれしましたが、賄いの方々が北海道の海の幸を中心に豪華な食卓を準備していました。
何と贅沢なんでせう ~o(^o^)o ♪
こっちは1Roundを消化してからの、別荘到着!お昼は当然のようにコンビニオニギリ・・・ウニへ毛がにへと腕がよく伸びました (^-^)v
気が付いたら、翌朝 \(◎o◎)/ お布団の中でした (∋_∈)
我々を迎えてくれた別荘、白樺やナラの樹々に囲まれ、静かなたたずまいの中にありました。
別荘の周りを写真で紹介します。「北欧風の街づくり "ルーラル・ビレッジ"」、ホップが自生しているのには、さすがに道産子哲もびっくりでした \(◎o◎)/
名前は分かりませんが、薄紫色の花が綺麗で、ついレンズを向けてしまいました。ハマナスの実が赤く実り、栗まで \(◎o◎)/
自然一杯の別荘の夜、ビールに始まり、白ワイン、赤ワイン、北海道の地酒”男山"・・・沢山の女性に囲まれた道産子哲!初日から調子に乗り過ぎ日本酒をやり過ぎたようです σ(^◇^;)。。。
楽しい思い出、半分以上も落としてしまったみたいです (∋_∈)
σ(^◇^;)。。。









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September 16, 2007
羽田を飛び立つ時『条件付運航をご承知おき下さい』と言われた。千歳空港、霧が発生しており、着陸出来ない場合、羽田へ引き返す可能性があると・・・(∋_∈)
だが、トラブルも無く定刻に千歳空港に着陸、ル・ペタウゴルフコースは好天で我々を迎えてくれた~o(^o^)o ♪
コース内のあちこちに、北海道特有の"ナナカマド"が、もう赤い実をつけていた。
北海道の9月半ばというと、関東の10月に相当する。そう、北海道はもう秋がやってきていた。
だが、昼間の最高気温、25℃位まで上昇したのではないだろうか。北海道にも、今年は残暑見舞いなんて挨拶状があっても不思議じゃないほど暑い日だったσ(^◇^;)。。。
ル・ペタウゴルフコース、セルフだが一人¥3,500-、二人合わせて¥7,000-でPlayすることが出来た\(◎o◎)/ Golfもこの位の値段で遊べると嬉しいものだ(*^_^*)
この時期、北海道のゴルフ場、「カンタン」が美しい音色で鳴いていた。
以前、「カンタン」について触れたことがあり、警戒心が強く見つけるのが大変と書いた。だが、何故か今回は簡単に「カンタン」を見つけることが出来たσ(^◇^;)。。。
写真に収めることが出来たのだが、ボケボケの映像・・・赤い○で囲ってあるのが、羽を立てて鳴いている「カンタン」の姿なのだが、お分かりいただけるだろうか(´・ω・`)
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September 15, 2007
先日お知らせした通り、12日から14日まで北海道に行ってきました~o(^o^)o ♪
いつもは松戸~日暮里~浜松町と電車を乗り継ぎ、モノレールで羽田空港へ行くのですが、今回は北千住駅からバスで羽田に向かいました。
北千住駅を6時という早い時間に出発だったからでしょうか、羽田第二ターミナルビルには6時半に到着、目的の第一ターミナルには6時35分に到着。その速さに驚きました\(◎o◎)/
空席の目立つバス、ゆったりと座って大変楽チン、これから羽田に向かうルートはこれに決まりです(^-^)v
帰りも、羽田空港からバスを利用、東西線・葛西駅~都営新宿線・一之江駅経由~JR線・亀有駅まで、金曜日の夜8時25分に羽田を出発でしたが50分ほどで亀有到着。必ず座ることが出来てこちらも楽チンでした。
時間も早く、必ず座れて楽チン。羽田空港へのアクセス、これから我が家はバスを主に利用することになりそうです (^-^)v
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September 23, 2006
<シェークスピアCC>
18日(月)~20日(水)、台風13号に追われる形で札幌へ行ってきたσ(^◇^;)。。。 ゴルフの予定と、何が何でも20日には東京に戻らねばならない事情があったので、はらはらしながら羽田を飛び立った札幌行きだった。
TVから流れる台風情報で、三日間とも強い風雨を覚悟していたのだが、雨が降ったのは初日の18日だけだった。
19日(火曜日)は兄貴のホームコース、シェークスピアCCでのPlay。北海道にしては、フェアウェイのアンジュレーションがきつく、狙いどころが狭く感ずる気を使うコースだったσ(^◇^;)。。。台風の影響も無く絶好のゴルフ日和、石狩湾、遠くには積丹半島まで見通すことができた。どうもTVから流される最近の台風情報、最悪のケースを取り立て流している風だ(`・ω・´)
Play内容も久々の80台、先輩としての面目を保つことができた(^O^)v
写真のきのこ、シェイクスピアCCのキャディーさんが採ってくれた。北海道では”ぼりぼり”という名前で呼ばれ、ポピュラーなきのこである。ただ、オホーツクに住んでいる頃、あまり食べた記憶はない。
キャディーさん、「冷蔵庫に保存しておけば東京に持って帰ることが出来るよ」といったので、自宅に持ち帰り、ボリボリのお味噌汁にして北海道の秋を味わった(^O^)v
北海道ではボリボリというが、ならたけというのが正式名称のようだ。
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August 31, 2006
先日、一般公開されている国の指定重要文化財『戸定邸』を見学してきた。江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜公の実弟、徳川昭武公の邸宅だったものだ。徳川家の紋所『葵』の紋が描かれた衣装箱?が陳列されていた。
徳川昭武公は多彩な趣味の持ち主だったそうで、中でも写真の趣味は、松戸にとって貴重な資料を数多く残してくれたそうだ。
昭武公は明治36年頃から写真撮影に取り組むようになり、千五百枚にも及ぶ写真を残されているそうだ。今から100年ほど昔の松戸の風景が、セピア色の写真で残されているのだ。その中の五十点あまりだったろうか、哲が訪れた時、戸定歴史館で公開されていた。
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August 30, 2006
松戸駅から歩いて10分位のところに、国の指定重要文化財になっている『戸定(とじょう)邸』がある。職探し中の哲、松戸ハローワークに出かけた帰り、その戸定邸を訪ねてみた。
戸定邸は水戸徳川家最後の藩主、徳川昭武の邸宅として1884年に建設されたもの、大名の下屋敷としての面影を色濃く残す近代和風建築物である。現在は「戸定が丘歴史公園」として整備され、敷地内に松戸市戸定歴史館があって、戸定邸が一般公開されている。
この日、松戸徳川家が存在したこと、実質的に松戸徳川家を起こした徳川昭武が、最後の将軍『慶喜』の実弟ということも初めて知ったσ(^◇^;)。。。松戸市戸定歴史館学芸員の方が簡単に徳川昭武について紹介している。
一般公開されている戸定邸、隅々まで見学することができるようになっている。部屋の作りだが、8畳間と6畳間が基本で、全てが畳部屋だった。もちろん、トイレ、お風呂は違う(^O^)v 台所を確認できなかったのだが、そこも畳ではないだろう。
他に特徴的なのが、全ての部屋は縁側で囲まれるようになっていて、その縁側が各部屋を結ぶ通路も兼ねたような作りにもなってるように思われた。全体的には、小さな和室が沢山ある、そんな邸宅という感じだった。
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May 26, 2006
京都洛西というのだろうか、金閣寺は観光客で溢れかえっていた(≧Д≦)
金閣寺観光をあきらめ、歩いて立命館大学衣笠キャンパス前を通り、竜安寺、仁和寺を訪れてみた。
この時期、京都の古寺は緑がこの上なく美しかった。
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May 05, 2006
5月1日~3日、今年初めての札幌への帰省だった。
千歳に降り立ち、その寒さに身体が思わず”ゾクッゾクッ!”とした ┐('~`;)┌
いつものように、まずは親父のお墓参りに行く・・・滝野霊園に向う途中、道路の北斜面にはところどころ雪が残っていた。
エルムCCでのゴルフを終え、おふくろの家に向う。満89歳になったおふくろの元気な姿にホッとする。例によってその日は、近所の蕎麦屋さんで夕食だった。
大きな”蕗のとう”だ。5月2日、札幌の「ツキサップゴルフ倶楽部」で採ってきたものだ(^O^)v
雪が未だ少し残っていたが。こんな大きな蕗のとうが、沢山芽をだしていた。天ぷらにすると美味しいよな~と言いながら、Teeグランド横に生えていたものを採ってきた。
ホテルに戻って直ぐ、部屋の冷蔵庫に保存、3日の羽田行き最終便で家に持ち帰ったものだ。
自宅の庭で「野びる」が食べ頃の大きさになっていた。哲は庭の草むしり、家内は野蒜を摘んでいた。
野蒜は酢味噌和え”ヌタ”に料理され、夕食の食卓へ。食卓は、春の香りで溢れんばかりだ。
参考Web:野蒜(野びる) 3番目の記事が野びる。
4日夜、我が家の食卓。
蕗のとうは天ぷらになっていた\o(^o^)o/ちょっと苦味のある春の香りが口の中に広がる。ビールの肴にも合う。札幌に出かける前、宍戸CCで採ってきた筍も並んでいた。
鰹のたたき、菜の花の酢味噌和え、蕪、胡瓜、大根の糠味噌漬け・・・ご飯のおかずというよりも、酒の肴ばかりが並ぶ我が家の食卓だ。〆は”筍ご飯”だったo(^o^)o
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April 28, 2006
今年の1月末から秋田へ長期出張、秋田市内でホテル住まいをしていた息子、とうとう秋田に転勤になってしまった(≧Д≦)
秋田というと、竿燈祭、ナマハゲ、鰰(ハタハタ)、米どころ、日本酒、比内鶏、秋田蕗そんなことしか思い出せなかった ┐('~`;)┌。。。
先日、秋田空港に降り立った時、2007年9月29日~10月9日「秋田わか杉国体」が開催されることを初めて知った。
このままでは古代史のJoさんから、一言ありそうだヾ(^_^;。。。 他に「秋田」はどんなところかと、慌ててGoogleに聞いてみた。”秋田佐竹藩”・・・そうそう、山形が米沢藩で岩手が南部藩、仙台には伊達藩があったσ(^◇^;)。。。
秋田駅の近くに千秋公園があって、そこに秋田城跡(久保田城跡)があるという。
久保田城は、関ヶ原の合戦のあと常陸から秋田に転封された藩主佐竹義宣が築いたお城、とあった。
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April 26, 2006
先日初めて秋田へ行ってきた。
秋田上空で、機中から遠く男鹿半島を臨む1枚である。東京は曇りだったが、秋田は快晴であった。
息子が、秋田にある勤め先の子会社に出向することになったので、引越しの手伝いだった ┐('~`;)┌
横手市を臨む方向には、真っ白な雪を抱いた山が綺麗に見えた。
秋田市の人口は、平成17年度の市町村合併で二つの町が秋田市に組み込まれ、およそ33万3千人である。県庁所在地なので、もっと大きい印象を持っていたのだが・・・
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February 18, 2006
2月11日、この日は甥の結婚式である。ホテルで朝食を済ませ、下鴨神社に向った。下鴨神社は本殿2棟が国宝に、53棟が国の重要文化財に指定されているそうである。
また、平成6年12月に世界文化遺産「古都京都の文化財」として登録された、寺社の中の一つにもなっているそうだ。

下鴨神社に着いて案内された、親族の控室が”細殿”、重要文化財になっている。
甥の下鴨神社での挙式には理由があるらしい。彼の父親は北海道大学を卒業されているが、京都の出身なのである。彼の父親は下鴨神社で挙式したかったらしいのだが、自身の活動拠点が札幌で結婚相手(道産子哲の姉である ┐('~`;)┌)も道産子ということで諦めた経緯があるそうだ。
甥は現在大阪が活動拠点、お嫁さんは京都のご出身・・・親孝行のつもりで、下鴨神社での挙式と相成ったらしい(^-^)v この話、本人たちに確認した訳ではないが、納得のゆく話ではある(^O^)v
今年は全国的に厳冬と言われたが、寒さもやわらいで、むしろ暖く感ずるいい日和の結婚式だったo(^o^)o
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February 17, 2006
錦市場で気になった牛のブロンズ像、場違いではあるがアップしておこう。
四条大橋を渡り、小路を左に(南に)入ってみた。小路の右側は浅い小川になっていて、きれいな水が流れていた。家内が、森鴎外の小説”高瀬舟”でも有名な「高瀬川」じゃない?という。哲、安楽死をテーマにした、有名な小説も知らなかったσ(^◇^;)。。。
この小路にも、お茶屋さん?(小料理屋さんと言った方がいいのだろうか・・・)があった。だが、哲に似合いそうな雰囲気のお店、見つかりそうに無かった|||(-_-;)|||||
二時間以上もほっつき歩いた・・・お茶でも飲みながらトイレタイムをとりたくなった。阪急百貨店に入った。女性用の百貨店みたいだ。男子トイレ、5階にしかないではないか(`・ω・´) 6階で、コーヒーブレイクだ・・・(^-^)v
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February 16, 2006
黒七味を求め、八坂神社の直ぐ近くまでやってきていた。神社仏閣には全く興味を示さない、哲夫婦だが、折角なので少しばかり足を伸ばしてみた(^-^)v というか、夕食の時間には早過ぎだったからね。
大学生時代、4年生になる春にも企業訪問とかで京都を訪れている。ノーベル賞の田中さんで有名になった島津製作所を訪問した。当時でも、理系の仲間では精密な測定機器メーカーとして有名だったのだ。島津藩の家紋と同じ、○に十の社章はその時から覚えているσ(^◇^;)。。。
その時に、八坂神社を背景に写真を撮った記憶がある。探して、張り付けよう・・・見つかるかな~無いわ!
錦天満宮に牛のブロンズ像が奉納されていたもので、気になって八坂神社でGoogleしてみた\(◎o◎)/ ごご・・・ゴヅテンノウ”牛頭天王”・・・ここにも牛が登場ではないか。
素戔嗚尊、祇園さま、祇園神ここまではフムフム・・・ン?何とその下に「牛頭天王」とあるではないか。おまけに:「インドの釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神であるゴヅテンノウ(牛頭天王)ともされていました」とあって、インドつながりまであるではないか。きっこのブログ(Googleに聞いて下さい)ではないが、ビックルを飲んでしまった\o(^o^)o/
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February 15, 2006
<市場の街を歩く>
先日京都で、甥の結婚式があった。知恩院傍にあるウェスティン都ホテルに一泊、新幹線往復グリーン車利用、オフシーズンなので格安でチョット贅沢な旅行ができた。
グリーン車には女性の客室アテンダントがいて、車内サービスをしてくれる。車内販売はもちろんだが、おしぼりのサービスがあった。また、途中で大きな袋を抱え、お弁当の空箱、空き缶などのゴミを集めてくれるのがとてもいいサービスだった。車内全体に清潔感が溢れていい(^-^)v
ゴミを捨てに行かない旅行者、結構いるからね('~`;)。。。
二時半にはホテルへのチェックインを済ませた。おだやかな日和だ。結婚式は翌日の10時半からなので、この日は京都の街をほっつき歩くことにした。
家内は神社仏閣見学には興味がないという。哲も特に興味がある訳ない。高校生時代の修学旅行や大学生時代の九州旅行帰りに、主な神社仏閣は拝観済みだ。
家内が京都の市場見学がいいという、自分も市場を覗いて歩くのは大好きだ。家族旅行で富山市内に泊まった時、近所に近江市場を発見し、大喜びしたことを思い出す(^-^)v京都には錦市場があるという。地図を片手に街中へ繰り出した。
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October 26, 2005
今回の札幌行き、初日は結構ハードなスケジュールだった。千歳から旭川に向かい、旭山動物園の見学を終えて、札幌に向った。ホテルに到着したのは7時を過ぎていた。
慣れないカーナビにも疲れたが、SUZUKI社さんの車を運転するのは初めての経験でまごついた。メーカーが異なると、運転感覚も随分と違うものだ。とにかく”札幌ファクトリー”での夕食、ビールで「お疲れっ!」(^-^)v
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October 25, 2005
今回も兄貴、弟と北海道のゴルフを楽しんできた。14日(金)は恵庭市、自衛隊島松演習場の隣にある”札幌エルムカントリークラブ”でのプレイだった。
演習場の隣りなので、時々ロケット砲の発射訓練音?が響いてくるが、東・西36ホールのなかなか楽しいコースだ。札幌市内からも近いので、札幌に行くたびに利用している。
天気が心配だった。前日の天気予報では午前中にも雨とのことだった。9ホールを終えたあたりで空が暗くなってきた。お茶屋さんで休んでいる間に、上下のカッパを着込み雨に備えた(>_<)。
ラッキーだった。結果的に、後半のプレー途中で着込んだカッパを脱ぐことになった・・・雨が降り出したのは、プレイを終え、クラブハウスを後にする時だった(^O^)v
札幌エルムカントリークラブ、かなりご年輩のメンバーさんが多いらしい。クラブ内にこんなジョークがあるそうだ「札幌エルム 雨降って ジジイ 固まる」('~`;)。 このジョーク、玄関でお客様のキャディバックの積み下ろしを手伝い、我々を送り迎えしてくれるおじさん達、笑いながら家内に教えてくれたそうだ(^-^)v。
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October 21, 2005
旭山動物園を訪れたのは、10月13日、木曜日だった。秋晴れの下、北海道では早くも紅葉が綺麗だった。Охотскぶんちゃんの里、掲示板を覗いたら、初霜・初氷の報告が掲載されていた。
旭山動物園、実は昨年9月に大学の同期会で札幌を訪れた時、偶然「北海道クローズアップ」というTV番組を見た。以来、ズ~ット気になっていたスポットだった。駆け足だったが、今回初めて訪れることができた(^-^)v
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October 20, 2005
モグモグタイムが終わった後だからだろう、白熊君はお昼寝タイムだった。4頭いたが、それぞれ勝手なスタイルでお昼寝!
2頭はプールサイドで寄り添うようにお昼寝。他の2頭は完全に陸の上。肘を枕に、お昼寝していた。ン~ン、どっちが頭だ?天気が良かったので、日向ぼっこしている風情だった。
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October 19, 2005
これは、どう見てもペンギンが飛んでいる写真だ。ペンギンが陸をヨチヨチ歩く姿、水中からヒュ~ット陸に上がって来る姿は見たことはあった。
しかし、ペンギンが飛ぶ姿を見たのは初めてだった\o(^o^)o/
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October 18, 2005
旭山動物園、動物を間近で見ることができる構造になっている。その代わり、写真撮影はフラッシュの利用が禁止されている。動物を驚かせてはいけないからだ。
実は、この写真はアザラシだ。アザラシプールの下が筒状の水槽になっていて、アザラシが頻繁にくぐり抜けてゆく。まるで人間を観察しにやって来る風だ。こんなに間近(50cm先?)で、しかも泳ぐ姿を見ることが出来るようになっている。
動物を間近に見せる!これも、旭山動物園の基本コンセプトらしい。
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October 17, 2005
10月13日(木)、羽田7時発のフライトで千歳へ向けて飛び立った。早朝の出発にもかかわらず、飛行機は満席状態だった。着いた日は、そのままレンタカーを借り、日本最北の動物園、旭川市の旭山動物園に行ってきた。千歳から旭川までは結構時間がかかり、動物園への到着はお昼過ぎになってしまった。
レンタカーに装備されたナビの使い方が良く分からず、不安一杯の運転だったが、無事に到着することが出来た(^-^)v 車を借りる時、カーナビの使い方を係の人に良く聞いてから出発すべきだった(>_<)
出発後、車を借りるときに渡された書類や案内書を調べたが、カーナビの操作説明書は見当たらなかった。今回、車の運転は結構くたびれた('~`;)
旭山動物園、使い慣れないカーナビのお蔭で、東門の無料駐車場に車を停めることができた。これはかなりラッキーなことだったようだ\o(^o^)o/
正門の無料駐車場は、平日でも停めることは難しいらしい。東門の駐車場、そこにも満車の看板が出ていた。係の人に「今、一台出て行ったから空いてると思うよ~どうぞー」と言われ、駐車場に入れたのだった。
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September 07, 2005
昨年2月に、遊びで南インド、チェンナイ市を訪れたことは”インド旅行記”として記事にした。残念ながら、沢山撮ってきた写真を、PCの操作ミスでデジカメからも、PCからも削除してしまった。
写真を削除してしまったので、記事にしなかったのだが、インドのカラスは日本のカラスと違っている。マハブリプラムで、昼食を食べに入ったホテルのレストラン(と云っても、ベランダ風の席)でインドのカラスを真近かに見ることができた。
なんと2色なのだ!羽と頭は黒いが、胴体は銀色・シルバーなのである。「カラスが悪いいたずらをしたばかりに、神様の怒りをかって、身体の一部、頭と羽を黒に染められてしまった」という謂れがあると・・・何かで読んだ記憶があるのだが~確認できないでいる。
鳴き声は日本のカラスと同じく、「カア、カア・・・」と聞こえた。大きさは多少小さく感じた。時々覗いているインド駐在の方々のBlogにインドのカラスの写真が掲載されていた。この写真で、インドのカラスのことも思い出したのだった(^-^)v
ところで、日本のカラスは何故、全体が真っ黒なのだろう・・・
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August 02, 2005
結構長編となってしまったОхотск紀行文、目次を作成した。
<7月1日(金曜日)夕方>
1.Охотск紀行(出発)
サンフラワー号、大洗港を出港
<7月2日(土曜日)>
2.Охотск紀行(苫小牧上陸)
お昼過ぎ、苫小牧港に接岸
3.Охотск紀行(サロベツへ)
サロベツ原野を目指し北海道を北上
4.Охотск紀行(花を食べる)
夕方、豊富温泉に到着、川島旅館で夕食
<7月3日(日曜日)>
5.Охотск紀行(原生花園)
午前、原生花園見学、サロベツCCの視察
6.Охотск紀行(福永再訪)
小学校入学前に過ごした地を訪ねる
7.Охотск紀行(稚内へ)
兜沼、ノシャップ岬、稚内公園を訪ねる
<7月4日(月曜日)>
8.Охотск紀行(稚内カントリークラブ)
午前、稚内漁港を散歩、稚内CCを視察
9.Охотск紀行(稚内~曲淵)
午後、稚内駅に引き返した後、曲渕へ
10.Охотск紀行(酪農経営)
宗谷の酪農について小川さんよりReportをいただく
11.Охотск紀行(浜猿払Ⅰ)
中学3年の時の同級生に再会
12.Охотск紀行(応援団現る)
風車と牧草ロールの写真が届く
13.Охотск紀行(浜猿払Ⅱ)
猿払村、中学校は1校
14.Охотск紀行(浜頓別へ)
下頓別中学校
<7月5日(火曜日)>
15.Охотск紀行(北見神威岬)
朝、クッチャロ湖&斜内山道を散策
16.Охотск紀行(豊寒別Ⅰ)
午前、ぶんちゃんの里を訪問
17.Охотск紀行(豊寒別Ⅱ)
午前、豊寒別小学校を訪問
18.Охотск紀行(下頓別Ⅰ)
お昼時、下頓別小学校訪問
19.Охотск紀行(下頓別Ⅱ)
そして、鬼河原で蕗を採る
20.Охотск紀行(北見枝幸)
夕方、枝幸小学校、山臼小学校訪問
<7月6日(水曜日)>
21.Охотск紀行(歌登)
午前、うたのぼり健康回復村、南宗谷CC視察
22.Охотск紀行(音威子府)
お昼、佐々木食堂、天北線資料室
23.Охотск紀行(札幌へ)
夜、恋の町札幌、お寿司を食べる?
<7月7日(木曜日)~9日(土曜日)>
24.Охотск紀行(最終章)
親父の墓参り、エルムCC、札幌廣済堂CC
苫小牧港~大洗港~そして自宅へ
-以上、Охотск紀行文-
※オホーツク→ロシア語でОхотск(アホーツク)と綴る。
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August 01, 2005
<7月7日(木曜日)>
昨日で半世紀ぶりのОхотскの旅を終えた。今日、明日と札幌で親父のお墓参り、兄弟との親睦ゴルフの予定だ。
<親父の墓参り>

今回のОхотскの旅、Blog”道産子哲”を始めたことと、今年の4月に札幌を訪れた時、おふくろに「お前の新しい車に乗ってみたいね!」と言われたこと、この二つがあったからだ。どちらか一つだけだったら実現していなかった旅である。
7日朝、おふくろの住む札幌円山に向う。もちろん、途中、Охотскの旅で疲れた車を綺麗に洗車してからだ。そしておふくろを乗せ、札幌の滝野霊園へ。姉たちとも落ちあい、一緒に親父のお墓参りをしてきた。
『道産子哲の新しい車で、親父のお墓参り!』、おふくろには充分喜んでもらえただろうか(^-^)v
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July 31, 2005
<7月6日(水曜日)午後~夜>
午後、旅行の最大の目的地であった宗谷を後にし、札幌へと向った。音威子府(おといねっぷ)から札幌まで、およそ260km、一気に目的地に入るつもりだ。
正しくは、音威子府は上川支庁になるのだが、道産子哲の中では気持ち的に宗谷になっている。お許し願いたい(^O^)v
7月2日にサロベツ原野に入り、稚内へ北上、そしてオホーツク海沿岸を南下し、今日はもう6日である。あっという間に、宗谷へお別れだ。
<札幌の街>
国道40号線を札幌に向かう途中、美深道の駅が目に入った。何か面白いお土産があるかも知れないと、道の駅駐車場に向かったところ思い出した。なんだ~サロベツに向かうときに寄って、ジャガイモコロッケを食べたところだ ┐('~`;)┌。
という訳で、素通りし、再び40号線に戻った。雨が残る札幌に、7時前に到着することが出来た。
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July 30, 2005
<7月6日(水曜日)午後>
歌登から小頓別へは、当然だが山の中の道だ。やはり道端はイタドリが鬱蒼と茂っていた。お昼時だから、ということもないと思うのだが、行き交う車の数は極めて少なかった。夜になるとエゾシカやキタキツネ、ひょっとしたらヒグマと出会うことがあるのかもしれない(^-^;)
<佐々木食堂>
歌登から40~50分も走っただろうか、1時前に音威子府(おといねっぷ)駅に到着した。お昼を食べようと、食堂を探したが中々見つからない、1軒はお休みだった。駅前にのれんがでている食堂があったので、おそるおそる?そこに入った。お店の外観を見れば、その気持ちを察していただけるだろう(^_^;)1組3人連れの先客がいた(ホッ)。
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July 29, 2005
<7月6日(水曜日)午前>
Охотскの旅を終え、今夜、札幌に入る予定にしている。札幌までは4時間も走れば届くだろう。
<うたのぼり健康回復村>
昨夜から雨模様になるのではないかと心配していた。朝目覚めたら、心配していた通り雨が降っていた。朝の気温が11℃というのはさすがに驚いてしまった。朝食を済ませてから、歌登町、健康回復村にある”南宗谷カントリークラブ”の視察に出かけた。
うたのぼり健康回復村、遊・食・泊、心身をリフレッシュできる温泉郷とあった。ホテル、コテージ・キャンプ場、ゴルフ場などの施設が自治体直営で、手作りリゾート地を形成している。
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July 28, 2005
<7月5日(火曜日)午後>
鬼河原で蕗を採って一息をついた。時計を覗いたら、1時を過ぎていた。お昼をどうしよう・・・北見枝幸まで行っちゃおう、あの町は大きい町だから、コンビニもあるし食堂もある、2時前には着くと思うよと家内に言う。
<車中で昼食>
午前中訪問した豊寒別へ引き返すかたちで国道238号線オホーツクラインに出、北見枝幸に向かう。下頓別小学校の赤川校長先生に、交通取締が厳しくなっているので気をつけるように言われたのを思い出し、静かな運転?で北見枝幸の町についた。車で街中を走るが中々食堂が見つからない。
豊富、稚内、浜頓別・・・北海道はセイコーマートというコンビニが目立っていた。そうこうしてたら、大型スーパー西条があった。ロゴがスーパーの西友に似ていた。
北見枝幸、哲は住んでいたことは無い。学生時代、冬休みや夏休みに親父・おふくろのところに帰るだけだった。土地勘もなく、町のイメージもあまり記憶に残っていない。ただ、大型スーパーは無かった。
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July 27, 2005
<7月5日(火曜日)午後>
<鬼河原>
稚内から曲渕、浜猿払、浜頓別・・・オホーツク沿いの道路を走っていると、道端にはイタドリや1m以上もありそうな蕗がうっそうと茂っている箇所が沢山ある。
助手席に乗っている家内が「お父さん、蕗だよ~!」とうるさい。豊富温泉の旅館で食べた”蕗のキンピラ”が美味しかったこともあって、オホーツクの蕗を採って帰りたいと言ってる。
道端の蕗は食べられたものじゃない、蕗は鬼河原の蕗だ。鬼河原に連れて行くからそこで採ればいい、と言っておいた。今朝は8時過ぎの朝食だったので、お腹はまだ空いていない。昼食の前に、鬼河原に行くことにした。
下頓別中学校を過ぎると、途中、道路の右手に苺畑があった。観光苺園もやってる様子だったが、そのまま通過した。北海道に来てまで、イチゴ狩りはないだろう ┐('~`;)┌
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July 26, 2005
<7月5日(火曜日) お昼>
Охотск紀行も今回で連載18回目を迎えてる。♪ひゃら~りひゃらり~こ、誰が吹くのか~♪不思議な笛だ~♪ひゃり~こひゃらり~こ・・・と、笛吹き童子や紅孔雀を聞いていたのは、豊寒別の時代、電気が無くとも細い針金を伝って聞こえてくる有線ラジオ放送だったと思う。
下頓別への転校で、道産子哲は、複式学級とランプ生活に別れを告げ、単式学級、そして電気のある生活へと大きな変化を遂げた。その下頓別に昨日の下見に続きやって来た。
下頓別では色々なことがあった。昭和34年4月、初の民間からの皇太子妃誕生に日本中が湧きかえったのは、道産子哲が下頓別中学校1年の時だ。中学3年の姉が、スケッチブックに美智子さんの顔を何枚も描いていたのを思い出す。
小学校の三宅校長先生の家で、TVを購入、雪が降る画面を必死に見ていたような記憶がある。確か、小学校にピアノが導入されたのもこの年だった。札幌から兄貴の知り合いの女性が来ていて、ピアノを弾いてくれた。何を弾いてくれたのか全く覚えがないが、歌の伴奏ではなく、生のピアノ曲を初めて聞いた。
夏休みでもない秋口に、突然札幌の大学に通っている長兄が家に帰ってきたのも、この年だったのではないだろうか。全学連の60年安保闘争にからみ、何かからの逃避だったように思う。
ヤマメ、アカハラ、イトウ、鮒、谷地ウグイ、ザリガニ、こじゃく、蕗、山ウド、姫竹、わらび、落葉きのこ・・・山や川で遊んだ思い出の他、そんな思い出が残る下頓別である。
<下頓別小学校>
昨日は中学校を、今日は小学校を訪れた。豊寒別から、宇曽丹を通って下頓別に向った。途中、広大な牧草地にシートで包まれた牧草ロールが沢山見えた。写真にとってみたが、解像度を下げ過ぎて拡大に耐えられない映像だ。
遠くに写っている白い斑点に見えるのは、建物ではなく、冬囲いのために白いシートを巻かれた牧草ロールである。
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July 25, 2005
<7月5日(火曜日)午前>
<豊寒別小学校>
小川さんの車の後にくっついて、豊寒別小学校にやってきた。ン~?学校前の道から学校までの坂道はこんなになだらかだったかな~・・・子供の頃にソリ遊びした時の記憶では、もっと急だったと思ったが。
挨拶もそこそこに、職員室に案内され鈴木教頭先生を紹介いただいた。校長先生は出張中で留守だったが、そのまま校長室に案内された。校長室には歴代校長先生の写真があった。上から2番目、一番左に、親父が写っていた。
道産子哲はこの小学校に入学し、3年生の春までいたのだ。当時、豊寒別には電気が通じてなく、夜は灯油ランプの灯で過ごしていた|||(-_-;)||||||
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July 24, 2005
<7月5日(火曜日)午前>
北見神威岬を見学した後、浜頓別のホテルに戻った。時間に余裕があったので、クッチャロ湖を一周するようにしてホテルに戻って朝食を摂った。これから、53年前の昭和27年から昭和30年までの3年間を過ごした、豊寒別を訪れるのだ(^O^)v
<ぶんちゃんの里>
朝食を終え、ホテルの駐車場で出発の準備をしていたら、携帯に電話が入った。ぶんちゃんの里のオーナー小川文夫さんからだ。自宅を出発する前に、携帯電話に登録してあったので小川さんからの電話だと直ぐに分かった。 ぶんちゃんの里までの道を教えていただき、ホテルを出発した。
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July 23, 2005
<7月5日(火曜日)朝>
5時前に目が覚めてしまった。今日は午前9時頃に、豊寒別のぶんちゃんの里を訪問することを約束している。時間はたっぷりある。朝食の前に、少し出かけることにした。サロベツ原野以来、朝食前に~というパターンが続いているσ(^◇^;)
<クッチャロ湖畔>

クッチャロ湖畔にこんな竪穴式住居が復元されていた。昔、豊寒別の小林さんという家の牧場に、竪穴式の住居跡が沢山あって、石器や土器の破片も沢山見つかっていた、と道産子哲にアップしたことがある。Охотскには縄文時代にもしっかりと人類が住んでいたのだ。

また、擦文(さつもん)文化・擦文時代というのもあったそうだ。紀元8世紀というから、奈良・平安時代の頃である。Охотскではまだ、竪穴式住居で人々の生活が営まれていたらしい ...((((((^_^;)
歴史は苦手や・・・JoBlogのJoさんに登場してもらわなければ無理だ!
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July 22, 2005
<7月4日(月曜日)夕方>
夕方5時、懐かしい浜猿払を後にして、これまた懐かしい浜頓別に向かった。そういえば、浜猿払へ着いた時間が3時前だというのに、気温が一気に14℃まで下がっていた。これが夏のОхотскだ。
<浜頓別到着>
宗谷に入り3日目というのに、遠い道のりを移動するんだという感覚が抜けない。何しろ、哲が住んでいる頃の移動手段は2時間に1本あるか無いかの汽車、そして駅までの移動は歩くか自転車。浜猿払から浜頓別への移動は遠かった。つい急いでしまう。
宇曽丹の孵化場に採卵後の鮭を譲ってもらうため、零半のスーパーカブで、浜猿払-浜頓別町宇曽丹内を往復したことがある。遠かったことを思い出す。その鮭でおふくろが飯寿司(いずし)を漬けていた。
結局6時前には浜頓別の宿泊地、クッチャロ湖畔の”浜頓別温泉ウィング”に到着した。浜頓別には昔、駅前通りに”東雲旅館”というのがあったが、跡継ぎがいないという理由でなくなっていた。この話は、豊富温泉川島旅館の大女将さんが、残念そうに話していた。
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July 21, 2005
<7月4日(月曜日)午後その3>
<浜猿払の集落>
浜猿払には中学三年生の時のたった1年間しか住んでいなかった。しかし、同級生と昔話をしていたら、中学生の頃の映像がはっきりと甦ってきた。
哲のアルバムには、なぜか浜猿払時代の写真がない。しかし、少年野球でお世話になった郷先生の顔、授業で黒板に書かれる字、野球仲間の顔・・・バレーに熱中していた女生徒の顔。信じられない程くっきりと、思い出すことができる。だが、女性は全く変わっているんだろうなぁ~
今回の同級生との再開で、その映像が脳裏に再度焼き付けられた。機会があれば、クラス会とやらに参加してみたいものだ。
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July 20, 2005
<嬉しい応援団>
取材慣れしていない哲の記事を読んで、援軍が現れた。風力発電の風車や牧草ロールの写真が哲ん家にメールで届いた。豊寒別の”まっきーNo2”さんからだ。是非ご紹介したい写真なので、早速アップすることにした。
<風車の建設>
まずは風力発電の施設が大型のトレーラーで運ばれてくる。ヘ~!ワンちゃんの顔みたい、可愛いぃー!日本では、車は左、人は右。そう、だからこの写真は運搬しているところを後ろから撮影したものだ(^-^)v
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July 19, 2005
<7月4日(月曜日)午後その2>
<鬼志別、猿払村役場>
浜猿払へ向かう途中、鬼志別にある猿払村役場に寄ってみた。実は、浜猿払中学校で同級だった、小野氏が猿払村役場に勤務していることを知っていたので、突然だが寄ってみることにしたのだ。
村役場に入って行き、一番先に目に入ったのが出納室の看板で、2人ほど机に座っていた。そのうちの一人に訊ねた。「浜猿払中学校出身で、浜頓別高校を卒業されてから役場に入られた、小野さんという方はおりませんでしょうか」「あっ、います。うちの室長です。ちょっと、2階に・・・すぐに戻ります」
階段を年配の男の人が降りてきた。直ぐに分かった。昭和37年、1962年3月以来の再開である。
突然の訪問にもかかわらず、快く時間を頂戴し昔話、現在の様子を伺った。同級生では西口氏、川谷氏が昔のまま猿払、浜猿払に住んでいるという話だった。
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July 18, 2005
<宗谷の酪農経営>
Охотскでは畑が姿を消し、半世紀前の農村の風景を見ることはできないと報告した。旅行中、昔話に夢中になり、変貌を遂げた宗谷の酪農経営の実態についてお聞きするのを忘れてしまった。
旅行から帰って、今回お会いした「小川牧場・ぶんちゃんの里」のオーナー”小川文夫さん”にSOSを発信し、「いまの酪農経営」ということでReportを頂戴した。Охотскの酪農経営の様子を知っていただこうと思い、道産子哲にもそのまま掲載することにした。
旅行中、北海道の酪農経営が更に発展しようと躍動を続けている、というTV報道番組を見た。ぶんちゃんの里もその真っ只中にあるようだ。
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July 17, 2005
<7月4日(月曜日)午後>
<稚内駅>

稚内カントリークラブでPlayした後、稚内の街へ引き返した。松戸の自宅を出発してもう4日目だ。朝、ホテルのフロントでコインランドリーが、稚内駅の傍にあると聞いていたのだ。そう、コインランドリーに行きたかったのだ ...((((((^_^;)
11時10分にはPlayを終えることが出来たので、急ぎ市内に引き返し、ランドリーしながら昼食を摂った。
「風致」という珈琲とお酒を飲ませる、一風変わったお店だった。普通の食事がしたくなり、生姜焼き定食を注文した。野菜がたっぷりのジャンボな定食が出てきた、美味しかった。お酒を飲ませるお店なのに、哲は「ノンアルコールビールありますか?」と聞いてみた。「置いていません」と返事が返ってきた ┐('~`;)┌ お冷で我慢した。
そのお店を紹介している、地元の広報誌があったのに、いただいてくるのを忘れてしまった。もちろん、写真を撮ってくるのも忘れてしまった(>_<)
稚内駅の近所の商店街には屋台が大勢繰り出して、稚内祭り宵の宮の準備で忙しそうだった。
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July 16, 2005
<7月4日(月曜日)朝>
<稚内港>
今日も5時には目が覚める。朝食は昨日と同じ、6時半にお願いしてある。朝食まで時間があるので、一人でホテルの近所を散歩してみた。
直ぐ近くに稚内港があった。漁港独特の香りが漂っていた。港には40~50tクラス?の漁船が沢山停泊していた。稚内祭りのせいで、港に戻っている船が多かったのだろうか・・・稚内祭りの案内には、4日が宵の宮で、5日が本祭りとあった。
港へ行く途中の道端に、イタドリが密生していた。そういえば、美深を過ぎて北へ北へと向かう道端には、イタドリが密生していた。昔は、こんなにイタドリが密生していた記憶がない。畑作が減少し、周りの雑草を刈ることがなくなった?からだろうか・・・理由は分からない。
哲の記憶違いなのかも知れない ...((((((^_^;)

哲が子供の頃、やはりイタドリと言っていた別の野草も道端に生えていた。イタドリと同じように、若芽の皮を剥いて、葉の根元の部分を食べたことがある。酸っぱい味を思い出し、おもわず身震いしてしまった。
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July 15, 2005
<7月3日(日曜日)夕方>
福永訪問を終えて、今日の宿泊地、日本最北端の市、稚内へ向う。
<兜沼>
おふくろから福永昔話で”兜沼”という土地の名前はよく聞いていた。また、今回訪れた組沢さんのお話にも、親父つながりの兜沼が登場した。稚内への途中なので、寄ってみることにした。駅は無人駅だった。
親父は学生時代に鍛えた足が自慢、豊富周辺では足の速さで有名だったらしい?組沢さんはそのことも知っていた。
これもオホーツクの旅を終えて、札幌でおふくろに確認したことだが。何と、おふくろん家(ち)は札幌から兜沼にやって来て、山から木を伐りだして木工場で製材、木材を売るという商売をやっていたそうだ。
そんなもんで、おふくろは兜沼から稚内の女学校まで通学していたという。ところが、乗り物に弱いおふくろは、毎日が乗り物酔で、汽車を降りてもそのまま学校まで歩いてゆけず、乗り物酔を覚ましてから学校まで歩いたので毎日遅刻していたという。初めて聞いた話だが、笑ってしまった。
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July 14, 2005
<7月3日(日曜日)午後>
<若林牧場訪問>
前日下見をした福永を再訪した。何しろ、哲が生まれて5ケ月の時から6歳直前の4月まで、5年半も住んでいた土地である。
国道40号線豊富から、福永方面に右折して直ぐ”天野牧場”があった。両親の福永昔話に”天野さん”という家の話を聞いた覚えが薄っすらとあるが、全く自信がなかったので、訪れなかった。
オホーツクの旅を終え、札幌でおふくろと話をしたところ、おふくろの蕎麦打ちの原点が天野さんにあったと言われた。勇気を出して?お寄りすべきだったが、後の祭りだった。
次にあったのが”荻原牧場”で、その次が”三浦牧場”だ。そうなのだ、酪農家へ入るわき道に必ず「××牧場」という看板が掲げられているのだ。デジカメに撮ってくるのを忘れてしまった。
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<7月3日(日曜日)>
<サロベツ原生花園>
朝、目が覚めた。時計を見るとまだ4時半だが、外はもう明るい。朝食は6時半にお願いしてある。よ~し、起きよう!ということで朝食前に原生花園に出かけた。
川島旅館から車で15分も走ると、原生花園に到着だ。ビジターセンターがあって、駐車場・トイレが完備していた。木道を一周したら、腸が活発化?お世話になってしまった(^_^;)
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July 13, 2005
<7月2日(土曜日)夜>
砂川SAでのお昼が3時過ぎだったので、夕食は8時にお願いした。ちなみにお昼は、哲がラーメン、家内は月見蕎麦だった。
まずは、400km弱のドライブ、”無事サロベツ到着”に乾杯だ!ビールが喉にしみて美味い(^-^)v。ビールをお願いします、と言ったら”サッポロ黒ラベル”が出てきた(^_^;)
蕗のキンピラさん、香りが強くシャキシャキ感があって旨い。姫竹の煮物、柔らかく懐かしい。北海道ならではの料理に、冷酒を1本追加してしまった。
自分の家でも、菊の花を酢の物でいただくことはよくある。昨年はオクラの花に鰹節・ドレッシングを掛け、サラダ風にしていただいた。
しかし「エゾカンゾウの花」の天ぷらには初めてお目にかかった(^_^;)。哲が子供の頃も、エゾカンゾウの花を食べるという話は聞いたこともなかった。塩をつけて食したが、肉厚の花でシャキシャキとして美味しかった。

翌朝撮ったのだが、サロベツ湿原に咲くエゾカンゾウはこんな花だ。
国立公園内での植物採取は禁じられている。我々が食べたエゾカンゾウはそこで採取されたものではないことをお断りしておく。宗谷地方では国立公園内でなくとも、エゾカンゾウが群生しているのだ。
夕食を終えて温泉に浸かり一日の汗を流した。他にもお客はいたのだが、その時間、男湯で入浴しているのは哲ひとりだった。少しばかり灯油の匂いがする温泉だった。
こうして、Охотск紀行北海道の初日が終わった。
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July 12, 2005
<7月2日(土曜日)午後>
いよいよサロベツ原野を目指してのドライブだ。カーナビに今日の目的地、豊富温泉「川島旅館」を設定する。苫小牧からはおよそ、350km程の距離だ。現在時刻が2時少し前、到着予定時刻が夜の10時と表示される。
ルート設定で家内とのコミュニケーション不足を露呈してしまった。家内は留萌から日本海沿いに北上するルートを提案し、Internet情報をプリントしファイリングしてあった。哲も了解していたと言う。家内はパソコン歴1年足らずだが、立派なネットサーファーだ。その情報収集力は凄いものだ(^_^;)
哲の頭の中は、学生時代に利用した宗谷本線に沿ったルートで凝り固まっていた。おまけに、高速道路を利用したほうが早く目的地に到着できると思い込んでいた。車の中でのやりとりの末、一応、日本海沿いに北上するルートを設定して運転だ。
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July 11, 2005
<7月2日(土曜日)朝>
前日の9時にはベットで横になっていたのもあって、5時前から目が覚めていた。寝ている間、結構船が揺れていて、時折ド~ン・ド~ンという音がしていた。金華山沖を通過する時が最も揺れるという、とするとそれは夜中の2時頃か。
フェリーは陸地など全く見えない海上を、北に向けて航海をつづけていた。
大浴場が6時から開いているというので、6時に起床、朝風呂に出かけた。10名ほどが哲と同じ朝風呂をやっていた(^-^)v
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July 10, 2005
7月1日(金曜日)15時、大洗に向けて自宅を出発した。
いよいよ、サロベツ原野、猿払村、豊寒別、下頓別と道産子哲が幼少時代を過ごしたОхотск思い出の旅がスタートした。


大洗港には16時30分に到着、乗船手続き、17時には乗船開始となった。18時30分、ボッボ~・・・と霧笛の音と共に、サンフラワー号は出港した。
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June 05, 2005
2004年2月6日~2月11日、インド・チェンナイ市(旧マドラス市)を訪れた。娘が仕事で半年ほど滞在していた。貴重な体験だった。
1.インド旅行(1)
メリディアンホテル、Room No1089へチェックイン
2.インド人もびっくり!
上越石打スキー場
3.インド旅行(2)
カンチープラム観光とお買い物
4.インド旅行(3)
マハバリープラム&レストラン赤坂
5.インド旅行(4)
インドの家庭にお呼ばれ
6.インド旅行(完結)
インドの市場&バイバイディナー、帰国の途へ
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June 03, 2005
<チェンナイ5日目 2004年2月10(火)、チェンナイ最後の日>
休む訳にはゆかない娘は事務所へ出かけた。我々はチェンナイ市内観光とShoppingに出かける。出発前にチェックアウト時間を延長しようとしたが、2時までならOKだが、それ以降は一杯でNGと言われた。2時のチェックアウトは無理だ。空いているかと思ったが、この日からお客が一杯になるらしい。
娘の部屋に荷物を移動して、チェックアウトを済ませた。予定の10分遅れ、10時10分にホテルを出発だ。インド時間なら、Just timeの出発だ\o(^o^)o/





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May 31, 2005
<チェンナイ4日目 2004年2月9日(月)>
・娘がご出勤!
月曜日、娘はお仕事。8時に専属の車でPoralis社の事務所へご出勤だ。ご注文の日本からのお土産を沢山抱えて~車に乗り込んだ。
我々は、運転手さんが戻ってくるまで1時間ほど、ホテルの周りを散歩した。ホテル正面玄関を出て、ちょっと横道に入る・・・オット、そこはホテルとは別の世界。人、道、家、臭い・・・牛、犬。本当に小さな所にごちゃっと一緒に存在してる・・・これもインドだ!
インド関係、こんな面白い発見『フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』のサイトもある。
・ショッピング
お土産を求めてShopping!ガバメントストア、スペンサープラザ(巨大スーパー/コンプレックス)、Jewelry Shop、Food world(食料品スーパー)へ。



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May 26, 2005
May 23, 2005
February 14, 2005
30ン年前、関東に住むようになって初めての冬を迎えた。北海道育ちの哲は当然ながら周りの仕事仲間から、スキーに誘われることが多かった。初めて本州のスキー場へ行ったのは年末から年始にかけての、労働組合主催のバスでのスキーツアー。確か岩岳スキー場と言ったように記憶している。二回目が、上越の「石打スキー場」。今も石打ちスキー場というのだろうか。
当然、上越新幹線は開通していない。夜行列車で石打駅まで行き、朝、宿泊先の「両国ロッジ」に到着。部屋へは入れないので、荷物を預けスキーの準備をして外に飛び出していく。若かったから、寝不足は関係ない。旅館街は山の下の方にあったので、かなり長いリフトに乗ってやっとゲレンデに到着する。
リフトに乗っては滑り降りるの繰り返しだが、本州のスキー場は人が多い。リフト乗りの待ち合わせで20分に1本滑れると良い方だ。
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February 08, 2005
1年前の2月6日、娘が仕事で出張滞在中の南インド、チェンナイ市(旧:マドラス)を訪れた。成田からシンガポール経由でチェンナイ国際空港へ、着いたのはその日の夜10時頃。入国手続、税関を通過、空港ビルを出る、ムッ、暑い。ビルの内部は人も疎らだったが、一歩外へ出たら、柵の外で大群衆が出迎え!柵に寄りかかるようにしてプレート掲げ明らかに出迎えと分かる人もいるが、とにかく凄っ~い人・人・人・・・オートリキシャ(三輪車)やタクシーの運転手は客引きを目的にだろうが、この大群衆一体何を目的に集まってる?・・・。一瞬、身体が引き気味に・・・ でも、直ぐに手を振っている娘の姿が目に入ったので、ホッ!落ち着いた。でも、こんなのはインドの序の口だってことが翌日からの観光地巡りで知ることに。
Hotelの車で、ワァ~オォ~この運転は何だっ!15~20分程で娘が宿泊しているメリディアンHotelへ。Room No1089へチェックイン。娘の部屋は1110で同じフロア。1階がグランドフロアで2階は1stフロア。インドでエレベータを使う時に注意が必要だ(イギリス式)。現地時間12時過ぎまでおしゃべり・・・。娘はインドに来て既に1ケ月半あまりだったがすこぶる元気印。水が合ってるのかもしれない・・・
最初の戸惑いは、首を横に2~3回傾ける仕草・・・こちらが記入したRegistration Form(チェックイン時)を確認したフロントの人、首を横に2~3度傾けるので、思わずNo?。ところがそのままFormを持っていって、鍵を渡してくれた。一瞬エッ!?何と、Yesの意味だったのだ。
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