October 03, 2009

生まれ故郷

Image0020 先日に続いて、札幌に住む兄貴から、新聞の切抜きが届いた happy01 北海道新聞の9月29日付けの記事である。

 この時期、北海道各地の河川では秋鮭の遡上がピークを迎えている頃だ。

 記事は、増毛町の暑寒別(しょかんべつ)川を遡上する直前の鮭を捉えたものだ。

 暑寒別・・・道産子ならほとんどの人が知っている地名となのだ。増毛町別刈生まれの哲、何度かこの川を渡っているはずだが、哲の記憶の中には全く無い think

 当たり前だが、6月に生まれた哲、11月にはサロベツに引越し、覚えている筈もない coldsweats01

 ところで今日(2009年10月3日)の日経新聞一面トップに、地方財政健全化法に基づき、総務省が「破綻懸念21市町村を認定」という記事が掲載されていた。

 何と、北海道は7つもの市と町が載っていて、その中にオホーツクの『浜頓別町』が含まれているではないか coldsweats02

 オホーツク育ちの哲、浜頓別町は都合9年間過ごした町・・・破綻懸念認定とは weep

 毛蟹、ニシン、帆立貝、スルメ烏賊、秋刀魚、鮭、馬鈴薯・・・オホーツクの思い出"豊寒別編"と"下頓別編"で紹介、子供の頃の記憶にある豊かな資源を取り戻せていないようだ。

 地方の活性化は難しい課題、観光なんてとても無理。猿払村の帆立貝ではないが、自然からの恵みを育てることでブランド特産物を生み出していけないものだろうか。

 頑張れ"浜頓別"!

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September 28, 2009

猿払村

Image0017s01 札幌に住む兄貴から、新聞の切抜きが送られてきた eye

 平成21年9月24日付け「北海道新聞」朝刊の記事、懐かしい happy01 道産子哲が中学3年生の時、一年間を過ごした村の記事ではないか。

 猿払村での思い出は"Охотскの思い出(浜猿払編)"に目次を載せている。

 猿払村というと、昨年も日本経済新聞に「都市と地方・・・豊かさ再評価」という記事で紹介されていたことを、道産子哲でも紹介したものだ。

 今回の北海道新聞の紹介にあるように、猿払村の元気の源は「帆立貝」。幼貝を自然の海に放流し、貝毒の心配が全く無い、5年ものの大型の帆立貝でブランドを確立している。

 国内消費はもちろんだが、干し貝柱は中華料理には欠かせない食材として、付加価値の高い輸出品になっているとう。

 猿払村、哲が過ごした時から既に50年あまりが経過している。気の遠くなるような年月を費やしているが、素晴らしい産業の育成に成功した良い事例ではないか。自分のことのように、背筋が伸びる思いがする coldsweats01

 新しく登場した民主党政権には、猿払村の事例を参考に、箱物行政から脱皮する「地方の活性化施策」を是非打ち出して欲しいと思っている。

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July 17, 2008

猿払村

 日本経済新聞に「都市と地方・・・豊かさ再評価」という記事が5回にわたって連載されていた。

 財政破綻する市町村が登場する中、豊かな市町村に光を当て、活かしきれていない地方の豊かさに目を向けるべきだ!地方はもっと中央にたよらず自分で頑張るべきだ!中央の行政府もその地方の動きを妨げてはいけない、支援をすべきだと主張をしているようだ scissors

 中途半端な特別区の規制緩和策、ちいとも進展をみない道州制・・・まあ、そんな議論をしようと思ってこんなことを書き始めた訳ではない happy01

 実は、第一回目に「猿払村」が登場していたのが、この記事を書き始めた理由なのだ。

 道産子哲、猿払村には中学3年生の1年間を過ごしただけだが、思い出がぎっしりと詰まっている。このBlogにも、猿払村の公式ホームページをLinksじている。現在の村長さんの奥様は、何と、中学3年の時の同級生なのだ coldsweats01

 哲が過ごした、猿払村浜猿払というところ、当時はとても貧しい漁村だった。だが、帆立貝の幼貝をオホーツク海に放流し、自然の中で育てるということにチャレンジしている真っ最中だった think

 それが、いまではすっかり成果を上げている eye 大きな帆立貝の貝柱、干した貝柱は、中国料理の材料として中国に高値で輸出されているそうだ。たった1年を過ごしただけの猿払村、日本経済新聞の一面に登場、今はなんの関係も無いのだが、とても嬉しい気分だ happy01

 猿払村の帆立貝事業、小学校時代を過ごした豊寒別の浜でも盛んにならないものかと思っている。夏休み、豊牛の海で帆立貝漁をする帆掛け舟、哲の脳裏に焼きついている。猿払村の支援で、昔の豊かなオホーツクを取り戻して欲しいものだ happy01

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July 08, 2008

七夕…続き

 忘れないうちにと思い、Googleに「北海道、七夕、ローソク出せ」を聞いてみました coldsweats01

 沢山記事がありました。

 哲の場合、半世紀以上も昔の話なので記憶は全く定かではありません punch が、確かに 「note ロウソク出せ~ note 出~せよ~ note 出さないと かっちゃくぞぉ~note 」と唄いながら家々を回っていたように思います paper

 紙で作られた提灯にローソクを灯し、何人かで集団を構成、提灯や短冊を飾りつけた熊笹を手にしてやってました scissors 中学生はやってなかったように思います、小学の低学年の頃だったように記憶です。確か"下頓別時代"だったですね confident

 七夕が終わった翌日、短冊を飾りつけた柳の木ですが、鐘楼流しよろしく頓別川に流しに行ったものです paper

 ところで、「ローソク出せ~」や「七夕飾り流し」といった、オホーツクの七夕の風習はどこから来たものでしょうね。オホーツクの殆どの人々のルーツは内地(道産子は本州のことをこう言います)だと考えられ、こうした七夕の風習もその人たちと一緒に持ち込まれたものと思われます。

 竹が柳に化け、同じ風習がオホーツクでも守られていたんでしょうね happy01

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July 07, 2008

七夕

 今日は七夕ですね happy01 宮城県仙台市や神奈川県平塚市の七夕は、全国的に有名のようですね paper

 平塚市の七夕祭りは7月7日ですが、仙台は1月遅れの8月7日です paper

 哲が子供の頃、Охотск(オホーツク)の七夕も月遅れでやっていました happy01 ハイ!Охотскでは、関東よりも1ヶ月遅れで、牽牛と織姫の会合の夜がもたれていたのです coldsweats01

 孟宗竹なんぞ生えないオホーツク、七夕飾りをどうしたかって?

 実は、代わりに用いる木が沢山ありました。何だと思います?川原に沢山生い茂る柳の木、この木を竹の代わりに使いました。

 自宅前に、結構大きな七夕飾りを作った記憶があります scissors

 あまり定かではありませんが、子供たちが「ローソク出せのど~の」と、各家庭を訪問(えらい離れているのに)する風習があったようにも思います。チョッと調べて、別途Reportすることにしましょう paper

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August 11, 2007

自然栽培

 道産子哲の一番下の弟、北海道は帯広の住人だ。大学を卒業し、一旦は東京でサラリーマンをやっていたが、空気が合わない?と、いって独身時代に北海道に戻ってしまった。

 畜産大学出身のせいか、家畜飼料やら電気牧場施設やらを扱う会社のサラリーマンをやっていたのが、気が付いたら帯広に住居を構え”菌”を売る会社に勤めていた。そう、うんちの部屋でウンチクを語ってる弟だ・・・σ(^◇^;)。。。

 その弟だが、随分前かららしいのだが『自然栽培』に興味を待ち始め、最近自分でも何か野菜を作りを始めたようだ(^-^)v

 NHKのテレビ番組、プロフェッショナルに登場していた木村秋則さんと知り合いになったのがきっかけらしい。

 昨年はその弟から、折笠農場で自然栽培されたジャガイモや青森県弘前の木村さんのりんご園で獲れた樹の実が松戸の我が家に届いた(*‘‐^)-☆

 先日札幌に行った折り、弟にトマトの横植え?の話を聞いた。本人が、実際にやってみて、驚いたそうだ\(◎o◎)/大豊作が間違いないらしい(^-^)v

 トマトの横植え栽培法、詳しくは木村秋則さんが執筆した「自然栽培ひとすじに」という本に載っているそうだ。来年は、我が家の庭で「ミニトマト」でも栽培してみようと思う(^-^)v

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February 05, 2007

雪祭り…

 6日(火曜日)から札幌では雪祭りが始まるというのに、「昨日の夕方には雨が降ってプラス気温。今朝は-4.8℃。それでも暖かです。いましがたまで吹雪いてました 」こんな便りが札幌から届いた。今年の『さっぽろ雪まつり』は開催できるのだろうかと、つい心配してしまうσ(^◇^;)。。。

 哲が高校1年から高校2年の秋までは、大通り西21丁目の和田さんというお家に下宿していた。その後は大通り西18丁目のアパートに越した。大通りの雪まつり会場からは、歩いて10分。まつりが始まる前日の夜、散歩がてら雪まつり見学をしたものだ。

 雪像は最後の仕上げをやっているお祭り前日が、一番美しいのではないだろうか。ライトアップした雪像を、自衛隊の人たちが最後の作業をしているのだが、夜ということもあり雪像が真っ白で、昼間のちょっとくすんだ白さとは比べ物にならない位美しかった。

 そういえば、大通り西21丁目から西18丁目のアパートに越した時だが、随分と恥ずかしい思いをしたことを思い出すヾ(^_^;。

 途中広い20丁目の通りを渡るのだが、元の下宿先から引越し先のアパートまで、距離にして300mほどである。近いから自分たちでやろうということで、姉がどこからかリヤカーを調達してきた。たしか中三の弟も一緒だった。3人で荷物をリヤカーに積んでの引越しだったのだが、最初はどーってことはなかったのだが、道行く人に見られたら、何か夜逃げみたいだな~と思い始めてしまったのだσ(^◇^;)。。。

 3人分の寝具と衣類、それと机と本が主な荷物、何回かかって運んだか忘れてしまったが、結局は最後まで自分たちで引越しを済ませた\o(^o^)o/

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November 05, 2006

北海道からの秋

061104hokkaido_20061104_01ss768 先日、北海道から秋の収穫、じゃが芋カボチャが届いた\o(^o^)o/

 早速、家内が料理に使っている。じゃが芋、煮物に使った時のホクホク感が最高だし、朝ご飯にいただく玉葱とじゃが芋のお味噌汁はたまらない。ポテトサラダもいつものものとは、美味しさが違う(^O^)v

 北海道産のじゃが芋、関東のスーパーでも入手出来るのだが、おふくろから送ってもらうじゃが芋の美味しさは格別だ。理由は分からない。同じ北海道産なのに、全く違うのだ。

 貯蔵方法でも違うのかも知れない。送ってもらうじゃが芋、澱粉質が減らないような工夫がなされているのかも知れない。

 兄貴が送ってくれたカボチャ、これがまた甘味が強くホクホクしてとても美味しいのだ。昨年は、娘があまりの美味しさに「これならケーキでしょ!」といって、カボチャでモンブランを作ったほどだ。

 今年から一人住まいの娘、連休中に顔を出したのだが、重いからって訳で?哲が車でカボチャをお届けだった。

 実はそうじゃない。月曜日に仕事でフランスに出張とかで、スーツケースや衣類を取りに現れたのだが、当然荷物が一杯だ。「お父さん、車で荷物運んで欲しいな~」の一言σ(^◇^;)。。。

 一緒に、カボチャとじゃが芋が運ばれたという訳だ(^O^)v ウ~ン、今年はカボチャで作るモンブラン、口にするのは無理かも知れない(´・ω・`)

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October 20, 2006

花よりタンゴ・・・

Tsuchikure01s オホーツクの下頓別小学校、中学校で合わせて6年間同級生だった友人から、この季節に必ず一通の封書が届く。この写真にある通り「演劇集団土くれ」の公演案内だ。

 日時/11月16日(木)~18日(金)
    :16・17日/開場18:00 開演18:30
    :18日(昼)/開場13:00 開演13:30
    :18日(夜)/開場17:30 開演18:00
 場所/麻布区民センターホール 

 その友人、以前に書いた記事「じゃが芋畑が消えた」と「竹の子」に登場している。彼の家というか山の話は「記憶を落とす・・・」という記事にも登場しているσ(^◇^;)。。。

 彼の家、山全体がじゃが芋畑になっていて、春はその畑の奥の竹やぶで姫竹狩り、冬は格好のスキー場と化し、子供にとっては絶好の遊び場所だった。

 学校から彼の家まで、歩いて1時間ほどの距離もあったろうか。自分が下頓別に引っ越した時、その町や学校には電気が通じていたが、少しばかり山のほうに離れた彼の家には電気が来ていなかった。電気が引かれたのは随分と後になってからではないだろうか。

 それまで彼の家は、風力発電で大きなバッテリーに充電、それを灯りに使っていたのが印象的だ。今では商用の風力発電が、Охотскでも行われているのだが・・・当時は風力発電で電灯を使っている家は珍しかった。その中の1軒が彼のだった(^-^)v

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September 27, 2006

ミツウマ印

Mitsuuma02 数日前、朝刊と一緒に配達された折込広告の中に、少しばかりその存在感を主張する”THE NIKKEI MAGAZINE"なるものがあった。気を引かれるまま、目を通してしまった ┐('~`;)┌。。。

 どうも新聞の一部のようで、ストリングラフィ、モンゴル新景・・・等の記事が掲載されていた。その中に、古い看板を並べた変わったお店の記事が載っていた。つい懐かしくなり、スキャナーで取り込んでしまった。

 懐かしい看板ばかりだったのだが、なんといっても道産子哲には”馬の顔が三つ”並んだ看板が一番(^O^)v そこだけを拡大して取り込んだのだ。

 オホーツクに住んでいる頃、運動会で履く足袋、学校の中で履くズック製の上履きを除き、外では夏は短靴で冬に履く長靴もゴム製だった。初めて買ってもらったスキー靴もゴム製だった。

 ゴム製の靴というと思い出すのが、馬の顔が三つ並んだミツウマ印だった。オホーツク時代、哲ん家の家族全員がミツウマ印にお世話になったものだ。

 オホーツクの冬は厳しい。いつ頃からだろうか?長靴の内側に布が貼り付けたようなタイプのものが登場するようになり、外に出るときに足が温ったくなって、嬉しく感じた記憶が残っている。今ほどではないだろうが、当時としては長靴の大変な進化だったのではないだろうか。

 オホーツクでは”ミツウマ印”はブランド品だった。他には三日月に星が一つだったと思う、月星印の長靴もあったと思うが、あまり定かではないσ(^◇^;)。。。

 ところであの”ミツウマ印”はどうなっているのか、Googleに聞いてみた。ミツウマ印ってまだあるの?大正8年に小樽で創業、現在も小樽市に本社を置いて、北海道の企業として頑張っている(^O^)v「㈱ミツウマ」、公式のホームページも見つかった。オホーツク時代にお世話になったミツウマ印、この企業に違いない\o(^o^)o/

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