March 09, 2009

60年ぶりの帰還 (^-^)v

Print0001_s00 札幌に住んでいる兄貴から、新聞の切抜きが送られてきた happy01

 とうの昔に廃線となった興浜北線、目梨泊駅の駅長さんが書いた水彩画が、60年ぶりに駅長さんの遺族の元に、今年の1月末に還ってきたという記事の切り抜きだった eye

 アメリカから、今にも消えそうな情報を辿りオホーツクの町を探り当て、札幌市北部に位置する石狩市在住の遺族の元にその絵が届いたそうだ。

 時間と距離の壁を一気に解消。地球の小ささを実感させる話ではないか。これも、Internet技術の発達のおかげなのかもしれない coldsweats01

 それにしても懐かしい happy01 記事中の小原昭朗さん、道産子哲が豊寒別にいた頃、豊寒別小学校の先生をなさっていた。セピア色の風景の中で"お父様は国鉄マン"という記事に登場している。

 残念ながら、水彩画の写真は小さくて見えないが、自分にははっきりと判る。北見枝幸方面から眺めた、"北見神威岬"を描いたものだ happy01

 4年半ほど前に訪れたオホーツク、その時の記事"Охотск紀行(北見神威岬)"で紹介している。

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November 11, 2008

閉校が決まった (∋_∈)

 道産子哲にLinkしているホームページ「ようこそ!ぶんちゃんの里へ」、そのHPでオホーツクの最新情報を知ることができる happy01

 最近の日記に「豊寒別小学校の閉校に向けて・・・」という記事が掲載されていた weep

 豊寒別小学校、哲は小学校1年生から小学校3年生の春(多分5月初めまでだと思う)まで、学んでいた学校だ。

 半世紀以上も昔のこと、豊寒別小学校の思い出はОхотскの思い出(豊寒別編)にもアップしてあるが、 2010年3月31日を以って、遂に閉校になるそうだ weep

 哲が卒業した中学校、Охотскの思い出(浜猿払編)「しじみ」の中にアップしてあるが「浜猿払中学校」はとうの昔に閉校、今度は入学した小学校の閉校が決まった。閉校は避けられないこととは思っていたが、本当に故郷の学校が消えると聞くとやはり寂しいものだ shock

 哲が通ったオホーツクの学校、残っているのは下頓別小学校と下頓別中学校。二つの学校の閉校も時間の問題なのかもしれない。

 以前にも記事にしたような気がするが、オホーツクの過疎化に伴う小・中学校の閉校問題、地元の人々にとって避けて通ることは出来ないテーマと想像している。

 ここは大人の目線ではなく、学校に学ぶ子供の目線で、オホーツクの発展に寄与する今後の小・中学校の有り方を考えて欲しいものだ。そう、故郷はいつまでも元気であって欲しいのだ happy01

 2008年夏のオホーツク旅行で感じたのだが、昔とは違い、中学生といえども家の手伝いは無理なほどの農業機械化の進展、鉄道の廃線に伴う道路の整備状況を見るに、過疎化に伴う小中学校の統廃合は1市町村で考える問題ではなく、市町村の壁を取り払って考えるべきところまで来ているように思ったものだ。

 スクールバスを充実、寄宿舎を充実・・・複数市町村で一つの小学校、一つの中学校・・・子供同士が競う環境、部活動ができる環境・・・子供の目線では、そんな学校が求められているような気がしてならないのだが think

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May 18, 2008

閉校・・・(´・ω・`)

 道産子哲が卒業した中学校が閉校になり、自宅にそれを通知する葉書が届いたことは随分前の記事に書いた。

 最近、今度は道産子哲が入学した小学校、浜頓別町立豊寒別小学校が"閉校"という課題を目前にしていることを知った。このBlogにLinkしている、ぶんちゃんの里の"ぶんちゃん日記"にそのことが書かれていた。

 過疎化が進むなか、児童数の減少に「山村留学制度」を設けて頑張ってこられたのだが、ここにきて遂に「閉校」という課題を突きつけられた punch みたいだ。

 小学校3年で哲は豊寒別から浜頓別町立下頓別小学校に転校。3年前に訪れた下頓別小学校、全校生徒が9人だった。おそらく、下頓別小学校も閉校という課題を目前にしているのではないだろうか think

 こうなると、哲が通学したオホーツクの学校は残すところ下頓別中学校だけになってしまいそうだ。その中学校すら、3年前で地元の生徒が7名とうかがった・・・この中学校も時間の問題かもしれない coldsweats01

 考えたことも無かったが、過疎化が進む中、オホーツクでは一つの市町村にそれぞれ小学校、中学校が一校だけというスタイルになりそうだ weep

 色々な規制で不可能なことなのだろうが、複数の市町村が合同で、寄宿舎付き&スクールバス付きの豪華な学校をもつことを真剣に考える時代なのかもしれない。

 子供たちのこと、地域の発展、人材の活用…様々なことを考えると、小学校も中学校も市町村合同で私立の学校に義務教育を委託する案があるのかも知れない・・・なんてことを想像してしまった think

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April 23, 2008

ぶんちゃんの里

080418glovia_20080419_09 知り合いのシーラカンスさんから「ミルクジャム」をいただいた heart01 オホーツクの"ぶんちゃんの里"産だ happy01

 哲はまだ、味見をしていない。今年、満96歳になったおばあちゃんに食べてもらおうと思っている。

 歳をとると、味覚が衰えてくるようだ。甘さへの味覚はあまり変わらない様子で、ここんところ甘いものが大好きなおばあちゃんに変身している。時々、お土産にケーキ cake を買って帰るとことの他お喜びだ happy01

 昨日、一昨日と北海道、この時期にしては記録的な暖かさだったらしい\(◎o◎)/

 札幌からの桜便りを紹介したばかりだが、久々に「ぶんちゃん日記」を覗いてみて・・・背中がゾクッとしてしまった coldsweats02

 ヒグマが冬眠からお目覚めなのかもしれない wobbly

 雪ん中の変な足跡の写真が載っていた。大昔、ぶんちゃんの里で山女釣りをした時、やっぱりヒグマの足跡が沢山あったことを思い出してしまった coldsweats02

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December 23, 2007

オジロ鷲\(◎o◎)/

 今年はBangkok出張が続き、”ぶんちゃんの里”を訪れるのを忘れていた。北海道からの雪便りで、そういえばどうなっているだろう?と久々に覗いてみた(^-^)v

 11月から「ぶんちゃん日記」も始まり、最近のオホーツク、豊寒別の様子が伝えられている。

 久々の「ぶんちゃんの里」、写真を見て驚いた。道産子哲が住んでいた頃は、見た記憶は無いのだが、最近はオジロ鷲が群れで飛来しているみたいだ。

 鮭が遡上する、宇曽丹内(ウソタンナイ)川で撮ったとある。宇曽丹内というと、Охотскの思い出(下頓別編)で紹介したが「鮭の孵化場」があった所。そこに、今はオジロ鷲がやって来るみたいだ\(◎o◎)/

 ぶんちゃん日記によると、最近は蝦夷鹿も増えているみたいだ。豊寒別、50年も昔は、ヒグマが人里に出没するのはごく当たり前、蝦夷鹿が出没する話なぞ、聞いたことはなかった。

 何が原因なのか判らないが、Охотскの生態系、道産子哲が住んでいたころとは随分と変わっているようだ(´・ω・`)

 それから、中頓別町で二つの学校が閉校になるそうだ。一つが「北海道中頓別農業高等学校」、もう一つは「小頓別小中学校」がそれ。特に、小頓別小中学校は、哲が中学3年生の時、野球の試合で行ったことを思い出す。

 哲の記憶に残るОхотскの学校、自分が卒業した浜猿払中学校ははるか昔に閉校に・・・これからも閉校になる学校が続くのだろうか(∋_∈)

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March 21, 2006

オホーツク便り(Ⅰ)

yuuyake01 先日、まっきーNO2さんからのオホーツク便り冬の国道238号線その続きをアップした。
 昨日、そのまっきーNO2さんから、沢山のオホーツク便りが追加で届いた\o(^o^)o/

 オホーツクの真っ赤な朝焼けの写真だ。

yuuyake02 砂浜に打ち上げられた流木に腰を掛け、オホーツクの海から昇る太陽を見やる、お子様の写真。

 とても素敵な1ショット、絵になっている。昨年夏に撮ったものだそうだ。夏でも、長袖の上着を羽織っている。

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March 09, 2006

冬の国道238号線(続き)

ekisha ご訪問いただいている”千葉の芋さん”、”侃さん”お二人の、半世紀もの昔の話に感動?まっきーNO2さんがОхотск雪原に出動、取材を決行したみたいだ(^-^)vそして、冬のオホーツク便り第二弾として写真を送ってくれた。オホーツク、どの辺りの話しをしているのか、地図もLinkしておこう。

 トリノオリンピックで一躍有名になったカーリング。チーム青森は常呂町出身だ。地図の右下「サロマ湖」の更に網走寄りに常呂町が存在するo(^o^)o

 復習しておこう。「豊牛駅」、今は廃線となった天北線浜頓別駅と、興浜北線北見枝幸駅を結ぶ途中にあった駅である。本来は興浜線として、浜頓別と興部(オコッペ)を結ぶ線として開通の予定だった。それが、北見枝幸、雄武(オウム)間が未開通のままに、北線と南線という形で運営が開始されたのだ。

 昔の国鉄官舎の写真、千葉の芋さんがお望みのショットではないかと・・・官舎左手が若松さんの新しいお家、官舎あったところは新しい町営住宅に替わっているそうだ。渡辺商店といっていたところは、「鶴屋商店」さんになっていて、昨年豊寒別小学校でお会いした簑島さんの弟さんがやっているそうだ。

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March 01, 2006

冬の国道238号線

fuyunofuusha 先日、豊寒別にお住まいの(関西方面から山村留学されている)まっきーNO2様から、写真付きのお便りをいただいた。何ともBloger冥利である(*^_^*)

 オホーツク沿岸を走る、冬の国道238号線の写真である。50年前、道産子哲も過ごした厳しいオホーツク。どんよりした曇り空、そして鉛色のОхотск海、それに、猛烈な地吹雪を思い出す(>_<)

 Охотскの冬体験2度目のまっきーNO2さん「今年のオホーツクは流氷も来ず、寂しいですが暖かくて雪も少なく過ごしやすい冬になっています。やはり流氷が来ないと冷え方が全然違いますね。穏やかな冬といった感じ」とReportだ。

 哲の記憶では、3月の春休みにも流氷がやって来た。まだまだ油断がならない、それがОхотскの海なのだ('~`;)。。。

 当然ながら50年前は砂利道だった国道238号線、舗装道路に変り除雪まで行き届いている。道路の左に塀のような物が写っている。昔は無かった。冬場だけ登場する”防雪柵”だそうだ。その先に見えるのが、そう、風車である。この時期もせっせと電気を送り続けているみたいだ。昨年夏、まっきーNO2さんから組立中の風車の写真も送っていただいている\o(^o^)o/。

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